第15話 新たな小姓

文字数 1,557文字

 信長は一昨年あたりから、信重名義で書状を発給することが、
偶さか(たまさか)あって、
それは信重の地位を内外に知らせる為の方策だった。
 自身が織田家の家督相続で辛酸を舐めた経験上、
同じ過ちを繰り返すまいという当主としての義務とも言えた。

 信重は信長への態度が落ち着いて、
甘えた振舞をすることがなくなっていた。
 北近江出陣で向かった先々での信重の態度は、
見どころのあるもので、信長をひとまず安心させた。
狩ったばかりの首級を目にした際は顔色を青くしていたが、
それも当初だけのことで、いずれ慣れたか、
目を逸らすようなことはなくなって、
何を考えているのか傍からは分かりづらい、
そんな信重の常の姿になっていた。

 武田信玄が西へ侵攻し、徳川家の領地を切り取って、
尚、勢いを増していることは、
武田家と成立していた同盟の終焉を意味し、
信重と松姫の婚姻も自然、手切れとなった。
 五年の間、二人はついに一度も会わず、終わってしまった。

 信重が松姫に入れあげたことは驚きで、
信長からすれば、
顔も見ぬ娘をよくもそこまで愛おしむことができると、
信重を変わった男だと見ていたが、
正月明けに、今度は清須の甲冑商の息子を小姓にすると言い、
許可を求めてきたので、そこでまた、信長は驚いた。

 衆道を解せぬ無粋者と思いきや、愛童はあの満月三郎だと言い、
確かに時に閨房を共にしている……
 次は、武具甲冑商とはいえ、商人の子とは……

 とはいえ、許可するも、せぬも、
信重は元服も初陣も済ませた大人、しかも、
兄が長谷川橋介達と討ち死にしたという玉越家の子であれば、
(はかりごと)を企む懼れ(おそれ)はまず無いと見る……

 顔を見る前から信長は、

 「若殿のお好きになさるが宜しかろう。
玉越の息子であれば、間違いはなさそうですな」

 と信重に伝えた。
信長自身、漂泊の民であった木下藤吉郎を家臣に取り立て、
今や重責を担わせている。
 名も大事だが、力は尚、信長の是とするところで、
過剰に煩く出自を問わない主義ではあった。

 ただ、目通りしてみた清三郎は、美しかった。

 三郎とずいぶん違う……
三郎はふっくらしていて狸顔……
清三郎は麗しいではないか……

 というのが信長の感想で、

 若殿の趣味はよく分からん、狸が良いのか、
仙千代風の眉目秀麗が好ましいのか……

 信重が謁見の間に清三郎を連れてきた時、
竹丸と仙千代が居た。

 「ちょうど仙千代が同じ歳であるな。
仲良くしてやるように。良いな」

 信長が声を掛けると、仙千代は、

 「畏まりましてございます」

 と、信長の左の後ろで答えた。
右には竹丸が座していた。

 「この後、二人に城内を案内してもらうが良い」

 信長は竹丸と仙千代に清三郎の初日の世話を任せた。
晩稲(おくて)だと思っていた信重が見初め、
町人でありながら小姓に上げたのだから、
格別に遇せざるを得ないというのが親心だった。
 このような調子で信重が、
信頼すべき小姓を増やしていくことは重要だった。
大切に育てた小姓は、やがて織田家を支える礎となる。

 「仙千代。どうかしたのか?
何やら顔色が良くないが」

 先ほどから仙千代の様子がおかしかった。
何かを堪えているようで、唇を噛み締め、
眉根が寄っている。心なしか目も赤い。

 「いえ、何でもございませぬ。
御心配をおかけし、恐れ入りましてございます」

 「ううむ、血の気がひいておる。
近ごろ、城内で風邪が流行っていると聞く。
城の案内は竹丸に任せ、少しばかり休むが良い」

 いつも気丈で何でも頑張り過ぎるほど頑張る仙千代が、
信長の言葉をあっさり受け入れ、

 「申し訳ございませぬ。では、下がらせていただきます」

 と言い、
いくらかふらつくようにも見える足取りで退室した。

 後ほど、誰ぞに様子を見に行かせよう……

 信長は、信重、竹丸、仙千代の間に、
得も言われぬ空気が漂っていたことに気付かなかった。

 

 



 

 





 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み