第185話 菊花の舞い(1)

文字数 1,034文字

 今回の長島平定戦で、織田軍として、
およそ千名程が亡くなったという報は既に受けていた。
 酒は、勝利と弔い、二つの意味で供された。
 戦国武将の酒好きは、
明日をも知れぬ生命の危機から来るもので、
勝ち戦の後、
酒は振る舞われて然るべきものなのだった。

 信長はほとんど酒を飲まないが、
酒宴を催し、家臣を労う(ねぎらう)ことには積極的な姿勢を示し、
戦の後の褒賞も惜しまなかった。

 信忠は三郎も酒宴に呼んでいた。
仙千代や竹丸と席を共にしている。

 泳ぎは出来ず、食い気は強く、
しょっちゅう腹を下していた劣等小姓の三郎が、
明朗正直な人柄で信忠に引き立てられているうち、
自覚を深め、努力をし、今では信忠の最側近だった。

 宴ははじめ、沈痛な雰囲気だったが、
やがて酒により、場が解れてくると、歌や踊りが出た。
 陽気に過ぎる謡曲は避けられているが、
若輩の小姓達が小太鼓を叩き、笛を吹くと、
覚えのある武将が混じって奏で、
あどけない小姓が舞えば、
じっとしていられない武将が、それら小姓の動きに合わせた。

 「竹丸、仙千代も舞ってみせよ」

 年下の小姓達が二人の手を引き、立たせ、
白菊の枝を渡すと、
仙千代と竹丸は見合わせ、頷き、
組むでもなく組んで、舞った。

 けして器用ではない質で、
音曲に合わせ踊るなど、見様見真似だった仙千代が、
何でもそつなくこなす竹丸を相手に流麗に身をこなす。
 むしろ、見目形の良さ故に、
流麗に映ると言う方が正しいのかもしれなかった。

 父、信長は若い頃、傾奇者で、
奇抜な格好をして城下の者を驚かせたというが、
二十歳の頃か、津島天王祭では、
天女のような薄衣を着て髪には花を飾り、
前田利家らと共に踊り、
民を大いに喜ばせたと丹羽長秀が言っていた。
織田家の男子はそもそも女顔が多いので、
父もその年頃には、
薄衣に花飾りが似合わないわけではなかったのかもしれない。

 今、信長が竹丸、仙千代に舞踊を所望してみせたのは、
もちろん、本人の目の保養もあるのだろうが、
居並ぶ武将達への労い(ねぎらい)の意があった。

 信忠に侍る勝丸も見惚れている。

 「御二人は美しいですね」

 我に返った信忠は、

 「む?う、うむ。
美しく賢く、
明察でなければ殿の御小姓は務まらぬということだ。
良い手本があの二人だ」

 と、取って付けたように返し、
我ながら、

 馬鹿なことを言った……

 と思ったが、勝丸は真に受けて、

 「仰せのとおりにございます。
長谷川様、万見様は、我ら後進には憧れの先達で、
挙って(こぞって)一挙手一投足、真似ております」

 と清々しい口調で答えた。




 
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