第100話 五明の夕 夜襲明け

文字数 844文字

 長島一向一揆制圧戦の火蓋は夜襲で切られ、
信忠軍は一江砦を侵攻し、続いて五明砦も陥落させると、
その日は野営となった。

 信忠は陣に軍監も交え、諸将を集めると、
大将達と夕餉を摂りつつ、各隊の戦況を報告させた。
すべて順調で、策戦に綻んだ箇所はなかった。

 「現在、九鬼の水軍が兵を長島へ移送しておる。
賀鳥(かとり)から攻撃を始めた柴田軍は、
佐久間隊が松之木の渡しで一揆勢を馬上より多数斬り捨て、
長島包囲に向けて尚、進軍中との報せ。
明朝、我らも九鬼軍と長島で合流し、
まず我が隊が先陣を切り、島へ渡る。
上陸が済み次第、総大将本隊も続いて上がる。
本隊の先鋒は丹羽隊。
我が隊の最後尾は丹羽隊と間隔を空けず、
連携しつつ進軍せよ」

 という信忠の声は父子だけはあり、
このような時、信長によく似ていた。
いや、むしろ信長の声が若いのだった。
武将の多くは酒が好きだが、信長は滅多に嗜まない。
それ故、声がかすれたり、濁ったりせず、快調だった。

 上座の中央に信忠が座し、
叔父達を始めとする織田家の連枝衆や、池田恒興、
長可(ながよし)、長谷川与次らが下座に控える。
 
 わずか十七才でしかない自分が歴戦の勇者に檄を飛ばすのは、
当初、奇妙な感覚だった。
 しかし、それも最初だけのことで、直ぐに馴染んだ。
元々が信忠の暮らしの中で上に居るのは唯一、
父、信長だけだった。
年長の縁者や鷺山殿には丁寧に接するが、
父以外に(こうべ)を垂れたことはなかったし、
そのような振る舞いは禁じられ、
また、必要もなく育った。
 信忠が奉じられ、要となることで全軍が一致団結する。
若輩の身であろうとも、
逡巡も懊悩も見せられない立場が君主の嫡男だった。

 次の作戦成功を願い、信忠が、

 「昨夜は夜討ち、御苦労であった!
明朝も夜が明けきらぬ中の出陣である。
勝利はひたすら各々方(おのおのがた)の双肩に掛かっておる!
足りぬものがあれば何なりと申し出よ!
異見が無ければ今宵はこれにて散会とす!」

 と告げると、皆々が畏まりつつ、

 「ははーっ!」

 と(こうべ)を垂れ、信忠が評定の陣を去ると、
諸将も鮮やかに散った。

 

 







 

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