第222話 信玄の幻影(1)

文字数 850文字

 信玄亡き後、子の武田四郎勝頼は、
正当な後継であることを家中に示し、
存在を確かなものとする為、
盛んに徳川領に攻め寄せ、成果を上げていた。

 今年、天正二年、
梅雨の走入(はしり)遠江(とおとうみ)の要衝、
高天神の城が武田軍に包囲された徳川家康は、
信長に援けを求め、
信長父子は東に向けて出馬した。
 
 しかし春には石山本願寺の挙兵があって、
畿内での対応に追われていた時期でもあり、
時既に遅く、
織田軍が三河領吉田に着く頃、
謀略によって高天神城は武田の手に落ちたと報告があり、
信長、信忠は為す術もなく、
三河に数日逗留し、岐阜へ帰国した。

 三河の岡崎城では、
信長の長女にして、信忠の実妹(いもうと)
家康の嫡男の正室である徳姫との再会が叶ったことは、
信長にも信忠にも僥倖ではあったが、
あくまでそれは付随的な事柄であって、
織田家の同盟である徳川家が領地を減らし、
武田の侵攻に甘んじた結果となったことには、
変わりがなかった。

 この時、浜松の家康は、
信長父子が居る酒井忠次の城である吉田城へ、
謝意を表そうと駆け付けた。
 救援に間に合わなかったことを心苦しく思った信長は、
家康に大量の黄金を贈った。

 忠次の家臣達が何人がかりで運んだ黄金は、
純度が高く、大量で、
家康はじめ、誰もが驚嘆した。

 家康は信長父子の出陣と、
途方もない黄金に大汗をかきながら礼を述べ、
武田勢に奪われた領地の奪還を、
信長に確と(しかと)誓った。

 信長が黄金という「実弾」を莫大に贈呈したことは、
信長の家康に対する信頼と同時、
武田の勢力拡大が、
信長にとり如何に脅威であるかを示してもいた。

 信長にとり、最大の悩みの種は、
石山本願寺、
つまり、各地で蜂起する一向一揆で、
領袖は親鸞嫡流の法主、顕如だった。
 顕如は武田と閨閥を為し、
各地の大名と組んで信長を長年、包囲し続けている。

 その先鋒が武田信玄、また勝頼で、
東に武田が圧し掛かっている限り信長は、
面倒な本願寺に全力を傾注することができないでいる。
 家康はよく耐えているが、
武家の最高位を自任するだけはあり、
名門武田の軍勢はあくまで強力堅牢だった。




 
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