第30話 蟄居明け

文字数 583文字

 万見家の下男、兵太に行李を担いでもらい、
岐阜城へ戻った仙千代は、

 「御城の庭を見学させていただくか?」

 と、労う意味で兵太を誘った。

 兵太は笑った。

 「蟄居明けの御身分で御城の庭を使用人に案内するとは、
流石に宜しくないのでは?」

 仙千代も苦笑いが出た。確かにそうだった。
ただ、不思議なもので、
間取りすら覚えきれていない新造の万見邸より、
今では岐阜の城の方が不思議としっくり、身が馴染む。
 
 人工の二本の滝が大小の池に流れ落ち、
長良川を借景に華麗な錦絵かとも見紛う(みまごう)庭園、
金色の屋根瓦が輝く公居館を始めとする壮麗な館の数々、
自然の要害、稲葉山の頂に、濃尾の大平野を見下ろす天守……
故郷を離れ、この地に来た時、彦七郎兄弟共々、
見たこともない豪華さに身が竦んだ(すくんだ)が、
仙千代の年齢で一年という歳月はけして短くなかった。

 「仙様が鯏浦(うぐいうら)の御城主になられるという話、
順調であられますか」

 仙千代は兵太の背をばしっと叩いた。

 「順調なら蟄居処分など受けん!」

 兵太も爆笑だった。

 「痛いところを突くな。目下、停滞中じゃ」

 二人で笑って、最後は兵太を仙千代が見送った。
一度兵太は振り返り、御辞儀をした後、顔を上げ、
手拭いを振って別れを告げると、
やがて走って道の向こうへ姿が消えた。

 仙千代の岐阜での暮らしがまた始まった。
しかし、単に帰城とはならず、蟄居に加えて、
仕上げの罰が待っていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み