第50話 真夜中の出陣

文字数 1,318文字

 四日前に帰還したばかりだというのに、
葉月八日、浅井長政方の重臣、阿閉貞征(あつじさだゆき)が内応し、
織田軍の味方につく旨を示したので急遽、信長は夜中に出馬した。
 
 信忠も信長に従った。
 彦七郎、彦八郎、竹丸、三郎、仙千代に加え、
清三郎も初めて出征した。
 
 阿閉貞征は北国街道や湖北を見渡す要害、山本山に居城があって、
織田軍が到着すると、城へ引き込み、
浅井家の城、小谷城(おだにじょう)を孤立させることに手を貸した。
 
 長政の父、久政は焼尾(やけお)というところに砦を築き、
浅見対馬に守備をさせていたが、この浅見も阿閉貞征同様、
織田方に忠節を尽くす旨を誓い、浅井父子から離れた。

 十二日になると、
浅見対馬が手引きして焼尾砦に織田軍を引き入れた。
 
 この夜は、風雨が強かった。
 信長は以前から築かせていた虎御前山の城を信忠に任せ、
雨に濡れるのも厭わず、馬廻り衆を率いて、
太尾山、大嶽へ自ら先駆けして攻め上がった。
 
 若輩の小姓は信忠と共に虎御前山に残った。

 信長が進撃した先には、
越前の朝倉義景方の軍勢五百人ほどが立て籠っていた。
 もう少しで突入するという時、越前勢は降参した。

 信長はこの越前勢を討ち果たすつもりでいたが、
風雨の強い夜間のことで、
この地の陥落を義景は知らないであろうから、
この者どもの命を助けて敵の本陣へ送り届け、
この方面は織田軍が勝ち取ったことを敵に理解させた上で、
義景の本陣へ攻め寄せようと考え、
籠城の者達を敵陣へ送り返した。

 大嶽の守備に配下を残すと、
直ぐ様、信長は、丁野山(ようのやま)に攻め掛かった。
 義景方の守備隊は、またも降参して退去した。

 「朝倉は今夜必ず、退散するであろう。
逃さぬよう、十分注意せよ!」

 佐久間信盛、柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、蜂屋頼隆、
羽柴秀吉、蒲生賢秀、蒲生氏郷、阿閉貞征ら、
歴戦の諸将に信長は檄を飛ばした。

 十三日夜、気が急いた信長は、
越前勢の本陣へ自身が先駆けとなって出立した。
 信長に再三厳命されていた武将達は、
信長が先発したことを知らず、遅れて追い掛けた。
 地蔵山を越したところで諸将が追い付いてきた。

 信長は、大将の後塵を拝した重臣達に、
 
 「何度も言い付けておいたに関わらず、
逡巡して好機を逸した!卑怯千万、けしからぬ!」

 と叱責した。

 信長に先を越された諸将は謹んで陳謝した。
 その際、佐久間信盛が、

 「左様に仰いましても、
我々ほどの家臣はお持ちになれますまい」

 と涙ながらに訴えた。

 信長にはそれが自惚れだと聞こえ、大音声(だいおんじょう)を発した。

 「その(ほう)、己の器量を自慢するか!
何をもってして言うのか!片腹痛い申し様」

 と言い、ひどく機嫌を悪くした。

 浅井、朝倉にどれほど煮え湯を飲まされたか!……
とりわけ、浅井長政!
(いみな)を与え、妹を嫁がせ、厚遇し、
深く信頼した我が義弟(おとうと)でありながら、
織田軍を朝倉と挟み撃ちにし、年若い弟、信治は討ち死にし、
織田軍は多くの兵、家臣を失った……

 ほとんど身ひとつの態で、命からがら京へ辿り着いた恨みは、
増幅することはあれ、滅しはしない。
 古参の重臣、信盛が、
他に先んじて意気を上げねばならぬ場面で、
涙まで流し抗弁するとは、およそ許すことができず、
信長はその言い草をけして忘れてはならぬと心に留めた。
 



 


  
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