第343話 熱田神宮(2)

文字数 1,024文字

 竹丸の言うことはもっともだった。
縁起担ぎもあって伴う神職ではあるが、
なればこそ、
随行の神職が二名という偶数は感心しなかった。
 神道では奇数を目出度い(めでたい)とする思想があって、
つまり、三・五・七・九が陽数だった。
それを陰数で揃えるとは、
間抜け扱いされても致し方がない。
仙千代、竹丸より先達で、
主家の様々な行事に携わってきたはずであるのに、
この数年、
日々いったい何を見てきたのかという話ではあった。

 神宮の側では戦に積極的に行きたがる者は居ない為、
二人と言われれば、
二人で済まそうという算段であるのに違いなかった。

 竹丸の露骨な呆れ顔に仙千代は、

 「何事か決める際、
御二人では意見が割れた時、困りましょう。
ですから、あと一人加え、三人が宜しいかと。
三・五・七は節句にも因んだ縁起の良い数。
此度は縁起を恃んで(たのんで)神宮の方々に同行願うのですから、
あと一名居られましたら心強く思われます」

 と、やんわり入った。
呆れ顔をされた側も、
竹丸がしたような言い様をされていなければ、
通常この辺りで成程となり落着するのだろうが、

 「何事か決めるとは。
何を決めるのだ、公卿の御血筋の禰宜(ねぎ)様達が」

 と、仙千代にまで口を尖らせた。

 熱田神宮の長である大宮司は、
古くは日本武尊(ヤマトタケル)伝説を媒介として、
皇室との繋がりを誇示する尾張氏という一族が務めていたが、
五百年程前に、
外孫である藤原季範(すえのり)に職を譲ったことから、
以後は代々藤原氏の継承するところとなっていた。

 神宮の高職にある方々が御公卿であることぐらいは、
知っているのか……

 合理主義者の信長が神職に吉兆を占わせたり、
呪術に頼ることは有り得ないが、
伴っていくからにはそれを逆手にとって、
兵の士気を高めるというようなことは十分にある。
とにかくこの場合、陽数であることは重要だった。

 「ああ、まさに、確かに」

 仙千代はいったん、引いた。
 それをまた竹丸が、

 「三名なれば禰宜二名に権禰宜が混じって良いが、
総計二名で一方が権禰宜では均衡が取れぬ。
権禰宜は禰宜の下の位ゆえ、二人だけなら添え物になる。
それならいっそ、
禰宜を一名連れて行くだけが良い。
縁起に奇数であるのは大事なことだ」

 と、仙千代が火消しに躍起になっているものを、
相手の鬱憤の火に油を注いだ。

 竹丸は、賢しいと評判である一方、
冷えて傲岸という風評も無いではなかった。
 竹丸は、
仙千代や親しい小姓仲間には人間味を見せるが、
軽薄や愚鈍を好まず、
それが年長の小姓であれば特に容赦がなかった。



 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み