第305話 爛漫の岐阜城(2)

文字数 1,127文字

 本願寺や足利義昭と結託していた三好康長に勝利を収め、
康長の持つ果実をごっそり手にした信長の次の標的は、
いよいよ武田勝頼だった。
 信長は勝頼の父、亡き信玄の戦上手ぶり、
広大な領土を強く警戒し、
信忠と信玄の娘である松姫、
信長の姪である龍勝院と勝頼という二組の婚姻を、
かつて成立させていた。
 龍勝院は勝頼の嫡男を出産の後、病没し、
信忠と松姫の婚姻も信玄の西上作戦により、
二人が一度も会うことはなく消滅し、
同盟は手切れとなったが、
仮想敵を相手に、
ここまで厚い婚姻同盟を結んだことは他に無く、
いかに信長が信玄を恐れていたかの証左と言えた。

 今回、信長は、
畿内に多くの軍勢をまだ残していた。
各地の三好の城の打ち壊し、兵糧や武器弾薬の回収等、
多くの片付けが残っているのは確かなのだが、
織田軍がそのような動きを見せていることで、
勝頼の油断を誘う意味合いが無くはなかった。
 信長が岐阜へ帰還する隊列は粛々と、
最小限のものだった。

 三好康長討伐は過去の話になっていた。
信長の眼は勝頼との戦に向いていて、
畿内に残した織田の諸将も表面上の動きとは別で、
勝頼との大戦(おおいくさ)を見据え、
信長が冬に整備をさせた街道を使い、
いつでも三河へ集結できるよう、
心構えは出来ていた。

 岐阜へ戻ると仙千代は居住地の新配置が待っていた。
今までは、
天守の麓の小姓館とでもいうべき邸に住んで、
部屋を特別に与えられていたものが、
しばらく前から、
堀秀政邸の直ぐ近くに若手側近団の為の屋敷地が整備され、
仙千代、竹丸、勝九郎ら、
信長の近習達がそちらへ越すこととなっていた。

 縄張りの決定は信長の命を受け、
秀政に一任されていた。

 早朝に帰城し、信長の身の回りのことは、
城で留守居組だった若輩の小姓達にやらせ、
仙千代達は秀政に呼ばれて新居へ出向いた。

 邸を目にした三人から驚嘆の声が上がった。
今回、畿内へ出向いている間に新造された邸宅は、
屋根には瓦が乗って、
邸内は檜の香りも爽やかに畳敷の部屋まであった。
この頃、瓦は、城、神社仏閣、大身の武家屋敷、
富豪の邸宅に使われこそすれ、
公卿であっても、使用することは難しい、
非常に高価なものだった。
青畳も同様で、最新の技法によって、
ようやく一部の富裕層に普及したに過ぎず、
見たことすらない者の方が多い至極希少なものだった。
 庭に面しては、書院もあって、
とりわけ、床の間の檜の絞り丸太は、
艶めいた木肌が陽光に映え、風格があった。

 他の側近衆も城下に屋敷地を得て、
威厳のある佇まいの邸に住まっていたが、
秀政邸は信長の特別な信頼を示すように、
最も本丸近くにあった。
 仙千代達三人は、
秀政に隣接して居住することとなったのだから、
これもまた、
信長からの大きな期待の表明と言うことができた。



 
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