第288話 下鴨神社(2)

文字数 1,061文字

 先程から、
何くれとなく度々顔を見せる団子屋の娘がまたやって来て、

 「御武家様、宜しかったら、どうぞ」

 と、特別に薄茶を持ってきた。
 
 「これは気が利く。有り難く頂戴しよう」

 貞勝が言った。
他の客は湯を飲んでいるところ、
貞勝一行のみが茶を振る舞われた。
 
 茶を運んだ後も娘は木の影からこちらを見ている。

 「娘御は、何やらこちらが気になるようだ」

 貞勝が含み笑いをした。

 「万仙が目当てかな」

 彦七郎、彦八郎が、

 「まあ、左様なことでしょう」

 「口惜しいが、見た目では負ける」

 と言い、仙千代も容姿を褒められ慣れていて、
特に口出しはせずにいた。

 「少々、座を外します」

 厠へ行くのか、彦八郎が立った。
彦八郎が歩き始めると、
娘の視線がそちらへ動き、
彦八郎の姿が見えなくなるまで、
目線が離れなかった。

 長秀が言った。

 「仙千代!負けたな、今回は」

 目当てだと言われ、
暗黙知(あんもくち)していた仙千代は真っ赤になった。

 「負けるも何も、私は何も、」

 自惚れが恥ずかしく、しどろもどろになる。

 「いや、無言の内に認めておった、
我こそがあの娘御の懸想(けそう)相手だと」

 「左様なことはございません!」

 実は、指摘された通りなのだから、
長秀とやり取りしつつ、不様で汗がわいてくる。

 「仙千代もそこまでになったか。
いけ図々しいというか、伸びた鼻が天狗並じゃ。
岐阜へ来た時は、
田舎臭くも愛くるしい童であったのになあ」

 と、秀政。
岐阜城へやって来た初日、
邸へ泊めて美濃の特産を食べさせ、
小姓の心構えを説き、
世話をしてくれたのが、秀政だった。

 と、意外にも彦七郎が参戦してきた。

 「(きゅう)様!田舎臭いは余分でござる!
それを言われれば鯏浦(うぐいうら)三人組として、
私も黙っておれませぬ!」

 背筋をぴしっと伸ばし、反論した彦七郎だったが、
その右手には確と(しかと)団子の串が握られており、
絵にならないことといったらなかった。

 「早う、団子を食え。
彦八郎が戻ったら、出立じゃ」

 長秀が促すと(うながすと)、彦七郎は猛然と団子を食べ終えた。

 用を足し終えた彦八郎に貞勝が、
柔らかな笑みを向けた。

 「在原業平(ありわらのなりひら)がお戻りになられた。
さ、行くか」

 貞勝の言い様(いいよう)が分からず、
不思議そうにした彦八郎だった。
 彦八郎に問われた仙千代は、

 「光源氏のようなものだ」

 と答えつつ、馬上の人となった。

 「儂が?何じゃ何じゃ、皆でニマニマと」

 「彦八郎のせいで儂まで赤っ恥じゃ」

 「はあ?」

 とはいえ、冗談もここまでだった。
この後も、
大きな額を諦めさせなければならない行き先が、
まだ数ヵ所、残っていた。

 

 


 

 

 

 

 



 


 

 



 

 

 


 

 

 
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