第13話 甲冑商の息子

文字数 1,552文字

 女達は母子の猿が可愛いと嬌声を上げていたが、
若い侍の中には甘い顔をしてはまた次にやって来ると言い、
直ちに追い込んで斬って捨てようという者も居た。

 信重が姿を現すと、若侍が、猿をどうするかと訊くので、

 「禰宜が来て祝詞まであげた日に殺生とは如何なものか。
今日のところは見逃してやれ」

 と答えると、騒動は収まり、
今度は多数の人の気配に気付いたものか、母子猿は姿を消した。

 初めて信重と直に顔を合わせた甲冑商の息子は片膝を立て、
(こうべ)を垂れてそこに居た。

 敢えて無視をすることもないと思い、名を訊いた。

 「玉越清三郎(せいざぶろう)と申します」

 信長、幾人もの叔父達、祖父、曾祖父はじめ、
あちらもこちらも武士の子の通り名や幼名が三郎だらけなのは、
初代征夷大将軍、源頼朝の通称が三郎であった由縁とはいえ、
またも三郎かと信重は少し笑いが出た。

 笑いが出た理由のひとつには、
伸びて食べ辛い餅を母猿が必死になって食い付く様が面白く、
その姿がまだ残像で残っていたせいでもあった。

 清三郎の面立ちは間近で見れば明らかに仙千代と違っていた。
冬だというのによく日に焼けて、手指は節が太く、
ゴツゴツしている。指の先は皮膚が分厚く硬そうだった。

 「甲冑の製作や修復を清三郎もやっておるのか」

 その指から想像し、信重が言った。

 「はい」

 「職人が大勢、居ろう」

 「はい」

 「しかし手伝いもするということなのだな」

 「はい」

 商人の子なのだから如才ないかと思いきや、
口が重い質のようだった。

 「先だって、夏に甲冑合わせで来ておったのは、
清三郎の兄か」

 「はい」

 三郎が補足した。

 「その兄なる者は、先の三方ヶ原の戦いで、
竹丸殿の叔父君、長谷川橋介様達共々、勇ましく戦われ、
やはり討ち死にしております」

 甲冑商といえば町人だった。
何故、町衆が討ち死にするかと疑問に思い、
信重が訪ねると、無口な清三郎では埒があかぬと思ったものか、
三郎が答えた。

 「長谷川様はじめ、殿の元の御小姓衆四人を訪ね、
兄なる玉越三十郎が商務で浜松の城へ着いた折、
ちょうど武田軍が侵攻してくるという最中で、
長谷川様達は戦になるは必定、
早く清須へ戻るようにと強く忠告したところ、
このような事態から逃げ帰ったとあっては面目がない、
長谷川様達が討ち死になさると言うのなら、
私も御一緒致しましょうときっぱり言い切り、
敵を斬りまくり、四人衆と枕を並べ、
見事な最期を飾ったという由」

 信重は、唸る他なかった。
いくら織田家と浅からぬ縁があるとはいえ、
帰れと言われて尚、留まって、
一甲冑商の息子が戦に出向いて死ぬ理由は無かったはずで、
町人とはいえ、織田、徳川両家に忠義を果たしたかと思うと、
熱いものがこみ上げた。

 「商いは清三郎が後を継ぐのか」

 「まだ兄が二人、上に居ります。
本日、父共々、兄達も、
先だって御預かりした武具甲冑の一部の修理が成りまして、
持参がてら、餅の御相伴に預かっております」

 話す気になれば、話すことはできるらしい。
いわゆる職人気質なのだと信重は思った。

 「皆でゆっくりしてゆくが良い。
清三郎とやら、こちらへ来ることがあれば、顔を出すように。
当世具足が今や主流で、最新の技術には儂も興味がある」

 「はっ」

 この日はこれで終わった。
 何やら三郎が満悦気味なのが気に食わなかったが、
清三郎の穏やかな佇まいは嫌いではなかった。

 北近江から岐阜へ帰った夜、
初めて清三郎に三郎から引き合わされた時、
あれほど機嫌を悪くしたことは、
実は清三郎を憎からず感じていた為、
天邪鬼にも怒る真似をしてしまったのかもしれなかった。

 年が明けて、元亀四年、初春に、
清三郎は信重の小姓に加わった。
 商人の子が小姓となることは皆無ではないが、
例は少なく、
寂しさに耐えかねた信重の引きがあってのことだった。

 



 




 

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み