第420話 仙鳥の宴(6)秀吉贔屓②

文字数 1,329文字

 終宴の合図として、
大久保忠世が信長に所望され、
今一度、軍貝を吹いた。
 見事な響きに皆が感じ入り、
宴は最後、厳かに閉じられた。

 夕餉を兼ねた酒宴の最中は、
戦後独特の興奮に包まれて、
日頃の(いかめ)しさも何処へやら、
酒が入れば闊達になる者、
常以上の陽気さを見せる者、
むっつり黙ってしまう者、
一言一句に涙を流す泣き上戸など、
誰もが様々な表情を見せ、
仙千代は(おも)しろく見た。

 三々五々、諸将が退陣していく中、
信長に竹丸が、

 「前田様、
顔を出されませんでしたね」

 と確認するかのように言った。

 前田利家は合戦で、
(ばん)直政の次鋒として鉄砲隊を指揮していた。
 敗走に転じた武田軍を追討の際、
足を負傷し、落馬しかかったところを、
家臣の村井長頼が敵を斬り付け、
利家を救ったのだという。
 
 「此れしき、たいしたことはない、
宴が楽しみだと申しておったそうだが、
やはり顔が見えなんだ。
ずいぶん悪いのか」

 「先程、手の者を遣りましたところ、
血は止まったものの、
高熱を発しておられるとのこと、
急ぎ、上様の金瘡医(きんそうい)を差し向けました」

 利家は信長が虚け(うつけ)と呼ばれた頃、
最も初期は、
遊び仲間のようにして信長に付き従っていた。
 家中で地位を固め終えていなかった信長が、
家内の事情で数年間、
放逐せざるを得なかった時期がありはしたものの、
信長は陰では気を配り、
利家には一貫して目を掛けていた。

 「熱か。いかんな」

 宴の間、
仙千代は信長から離れないでいたが、
竹丸は時に仙千代に目配せをして、
席を離れる瞬間があった。
 その際、利家の負傷について、
手当てを進めていたのだった。

 「又左(またざ)をやったのは誰だ」

 又左とは利家の通名だった。

 「はっ、村井殿が首級を挙げました。
一対一の決闘の如くの有様であったと。
捕縛した武田兵に確かめましたところ、
弓削(ゆげ)左衛門なる、
たいした武辺者であったということでございます」

 信長はいったん、呼吸を置いた。

 「武は武を知る、だ。
武田を深く追い込んだ又左も又左なら、
敗北の志多羅を去らず、
又左に挑んだ弓削も弓削、
主を救った村井も村井。
武士(もののふ)はかくあらねばならぬ」

 仙千代、竹丸は、
信長の言を神妙に聞き入った。

 信長は、

 「見舞ってやろう。
又左に一番効く薬は儂だ。
儂を見れば熱も下がるであろう。
いや、あいつのことだ、
意地でも下げてみせるであろうよ」

 仙千代も従うつもりでいたものの、
他の小姓から指示を仰がれ、
答えている隙に、
信長、竹丸、馬廻り達は行ってしまった。

 と、そこへ羽柴秀吉が声を掛けてきた。

 「仙殿」

 万見でも仙千代でもなく、
仙という愛称で、
いつも秀吉は仙千代を呼んだ。
 そのようにすることで、
信長の近習である仙千代と親しさを醸そうとしているのだと、
伝わる。
 秀吉は、
仙千代と近付きでいたいことを隠しはせず、
時に珍しい甘味や各地の気の利いた物産を、
わざわざ岐阜の仙千代に届けたりした。
 それが秀吉は濃やかで、
菅屋長頼や堀秀政、仙千代、竹丸ら、
信長の側近に贈物をする際、
必ず個別に異なるものを送り届ける。

 羽柴殿はたいした武将であらせられるが、
上様の近侍を務めても、
超一流の働きをなさるであろうな……

 と、仙千代は、
秀吉の気配り目配りぶりに、
いつも舌を巻いた。


 

 






 


 


 

 

 


 

 

 
 

 





 




 
 


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み