第152話 小木江城 快方(3)

文字数 613文字

 生きていて良かった、
死なずに済んで良かった、
若殿にまたお目にかかることが出来た……

 ただ、その喜びを表にすれば、
信忠が不快に感じるかもしれないと思い、
平静を装うよう努めはした。
 また、信忠が姿を見せた時、信長もそこには居て、
あからさまな喜色を出すことは戒められた。

 二人になった時、仙千代は思い切って、
手紙(ふみ)の件をまだ信忠が怒っているのか、
もう許すつもりになっているのか、問い掛けた。

 結果は芳しいものではなく、平行線だった。
仙千代は落ちていたものを持ち帰りはしたが、
盗んだつもりは一切なかった。
しかし信忠は仙千代を泥棒呼ばわりし、
激しい怒りを見せた。
 仙千代にとっては、
その諍いは未だに乗り越えられない心の障壁であるのに、
信忠は、些末なことだと言い切った。
 その部分では、互いが譲らず、
信忠は細かなことに拘らず(こだわらず)
信長の恩義に報いて出世を果たせと言い、
仙千代はそれを受け、
主君の厚誼に応えるべく務めると答え、終った。

 信忠は仙千代の体調を慮ってくれた。
それだけは間違いない。

 だが、信頼を取り戻すような状態には程遠く、
他に誰も居ないあのような場でさえも、
信忠が特別な親しみを見せることはなかった。
 信忠の淡白な態度は一貫していて、
あくまで副将、若殿だった。

 そもそも儂は何を求めているのか……
若殿は儂の思いに気付いておられる……
なれど、若殿は身綺麗な御方、
一度でも盗人だと思えば、
心からの信頼は二度とない……
それでも儂は……




 
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