第225話 天正三年 二人の武将

文字数 1,028文字

 天正三年新春。
 
 仙千代は岐阜にやって来て四年目に入り、
三度目の正月を迎えた。

 岐阜城を初めて目の当たりにした厳寒の日、
忘れもしない、
天空の城には虹が二本かかって美しかった。
 
 仙千代、彦七郎、彦八郎という海辺の村からの三人は、
豪壮な造りの家臣団屋敷群、
(いらか)金色(こんじき)に輝く迎賓館、
二つの人工の滝が流れ落ちる壮麗な庭園、
また、何よりも、
稲葉山に聳えたつ華麗な天守に目を瞠り(みはり)
果たして自分達が、
この景観に居り立って釣り合うものなのか、
やっていかれるものなのか、
恐れと不安を抱いて身を竦める(すくめる)ばかりだった。

 最初の晩、堀秀政の邸に宿泊が許され、
美濃の味覚を馳走になって、
小姓勤めについて訓戒も授かり、
故郷を朝まだきの出立であったのに、
ある種、異様な興奮を抱いた三人は寝付かれず、
尻取りをして笑い、
最後、笑い疲れて、ようやく眠った。

 たった三年。
 いや、既にもう、三年。
 どちらが仙千代の感慨に似つかわしいかと言えば、
もう三年という方が正直な思いに近かった。

 生まれて初めてときめいて、
憧れ、慕った奇妙丸は、元服を済ませ、
今や大隊を率いる副大将として各地へ出陣し、
信長が留守の間には、
尾張、美濃を合わせ、
百十万石という織田家の礎の地の(まつりごと)を担い、
何かと点数の辛い信長の期待によく応えていた。
 領国の石高が百十万というのも表向きで、
尾張には津島と熱田という伊勢湾に面した大湊があり、
貿易収入はそこに含まれておらず、
得られる収入が莫大なだけに、
書状や令の発布も忙しかった。

 元服直後、思春期にあった信忠は、信長に対して、
極端に口数が少なく、表情も抑え気味で、
何かというと不満気な顔をしていたが、
初陣後には態度が変わり、
すべてに於いて父から受け継ぎ、
吸収しようと学ぶ姿勢となっていて、
一小姓である仙千代から見てさえ、
信忠の変化、成長は著しく、時に眩いほどだった。

 ただ、その間には、
清三郎という仙千代にとり忘れられない友が討死し、
信忠も生涯初、
自身の小姓を喪うという悲劇に遭った。

 たった三年のはずなのに、
仙千代には、決して短いとは思われない、
濃密な歳月だった。

 信長の威勢は年々増すばかりで、
今年の正月も、各地から大名や大商人、
武将や茶人、家臣達、
はたまた伴天連の一行など、
大勢が入れ代わり立ち代わり岐阜を訪れ、
華やかな行事が続いた。

 そのような日々、
この新春は、異色の客人が二人居た。
 昨秋の長島一向一揆制圧戦で、
織田軍と死闘を繰り広げた武将、
大木兼能(かねよし)日根野弘就(ひねのひろなり)だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み