第147話 小木江城 大鼠(2)

文字数 635文字

 父にしては根気よく相手をして、
慈しみを湛えた眼差しを向けてはいるが、
何をまた妙なことを言うのかという反応だった。

 仙千代の面白味を常に理解するとは限らない感覚の信長に
信忠は失笑を漏らしかねず、
無理に口元を引き締めていると、
竹丸や三郎も似たような表情をしていた。

 「何だ、皆で同じような顔をして。
竹、仙にきちんと薬は飲ませておるのか」

 仙千代が本調子ではない為、
幻影でも見たのだと決め付けている。

 「はっ、朝夕に、特製の薬を煎じ、
よもや供し忘れることはありませぬ」

 「困ったものだ。仙千代は。
快復の手前で容態が止まってしまった。
傷は日に日に良くなっておる。
未だ、時に血が滲むが、痛みは減ってきているという。
あとは食欲じゃ。
熱の残りが食を細くし、細くなった食が熱を下げさせぬ。
どうしたものか……」

 何万という一揆衆を兵糧攻めにし、
飢死に追い込んでいる信長が寵童の食欲を案じ、
悩ましくしている。

 人の命に軽重は無いというのは嘘で、
明らかにそれはあった。
 事実、実戦の場で、
信長や信忠は采配を振るいはするが、
周りは幾重にも護衛達が取り巻いて、
特にこの戦での信忠は初の大将戦ということで、
織田家の連枝衆や譜代の重臣が防備を固め、
槍一本、銃弾一発、通り抜けはできないほどに、
護られていた。

 一人の死は悲劇だが、
何千、何万と塊になれば、歴史の記録となる。
 根切りをしようという戦の最中に、
それこそ、一小姓の食欲不振に憂いを隠さぬ信長に、
信忠は自分の姿を重ね合わせた。

 

 

 

 


 


 

 


 
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