第350話 岡崎城(2)検視

文字数 1,926文字

 岡崎城廓北東、大手門では、
家康と、嫡男で岡崎城主である信康が、
酒井忠次、本多忠勝、榊原康政という腹心に加え、
大久保忠世、水野忠重らと共に、
賑々しく信長父子を出迎えた。

 こちらも織田軍は主立った顔触れだけでも、
柴田勝家、佐久間信盛、河尻秀隆、
丹羽長秀、佐々成政、滝川一益、
塙直政、羽柴秀吉、前田利家、稲葉通朝、
金森長近、福富秀勝、蜂須賀家政、
猪子兵助という軍団長が列していた。

 信忠が信長と共におよそ一年前、
武田勝頼の高天神城攻めの戦況をはかる為、
岡崎へやって来た時、
せっかくの来援ではあったが、
時既に遅しで為す術もなく、
酒井忠次が城代をつとめる吉田城に引き返せざるを得なかった。
 しかし岡崎に居た二日の間には、
七年ぶりに同母妹(いもうと)の徳との再会が叶い、
美しく育った徳の姿に、
幼い頃に他界した実母(はは)は、
このような顔立ちをしていたのかと、
ふと過った(よぎった)ことだった。

 陽が高いうちに、
武田との戦に備えた兵器の実際を見たいと言って、
信長が軍議を後回しにした。
 桶狭間以前に松平家、つまり徳川が治めた三河は、
長年、東の今川、北の武田という名門古豪に圧され、
新興勢力である西の織田にも浸潤されて、
艱難辛苦の中で存えて(ながらえて)きた土地柄だった。
 三河武士の結束力は強く、
今川家に岡崎を事実上、
乗っ取られるような歳月に於いても、
捲土重来を期し、ただ家康の帰還を待った。
 無論、それだけが、
松平の家臣の生き残る術であったにせよ、
忠誠心は堅牢で、貧しい境遇に甘んじつつも、
信長が義元を討ち、
これを機に家康が三河へ落ちのび、帰ると、
隠し貯めていた兵糧、武器を見せ、
死を覚悟していた家康に希望を与えたという。
 その美談は信長の知るところであって、
故に信長は徳川軍の備えを、
余すところなく確かめることを望んだ。

 そのような任務は検使経験豊富な信長の側近、
菅屋長頼の得意とするところであったので、
岡崎城主 信康の傳役(もり)である榊原清政と、
弟の康政が君主父子共々、
信長、信忠、勝家、信盛、長秀を武器庫、
火薬庫を見せて回り、
長頼は信長を確認しつつ質すべき点を質し、
戦準備で良馬を揃えたと言う家康の誘いで、
全員、厩舎まで入った。

 堀秀政は岐阜で後詰と政務を請け負っていて、
今回、三河には来ておらず、
信長の近侍として、
長頼の補佐に竹丸、仙千代が付いた。
 
 腹ではどう思っているにせよ、
互いに友軍なのだから、
引き締まった空気に穏やかさをもって次第は進んだ。
 長頼は相手を不快にさせず、
かつ、的を射た指摘は鮮やかで、
今後このような役目に携わるに違いない己を意識したものか、
仙千代は長頼や応じる徳川勢の一言一句を聞き逃すまいと、
いつにも増して神妙な面立ちでいた。
 竹丸はといえば、長頼と諸将のやり取りに、
この日は敢えて瞠目の素振りを装って、
表情豊かでいることが信忠には少しばかり、
面白かった。

 仙千代が慎ましく、粛々としておれば、
竹丸が張り切って積極性を見せるのか……
何やら今ひとつ、
そんな竹丸は似合わぬが、
二人が良い組み合わせであることは間違いない……

 信長の機嫌もけして悪くなかった。
家康が語るには、武器弾薬、抜かりなく集め、
この後も三河各地の土豪が、
鉄砲を供出する手筈になっていて、
まだ数が増えるという。

 「此度、畿内の抑えで、
戦には来られぬ明智殿、細川殿、筒井殿が、
それでは心苦しいといって、
鉄砲を百、二百と送ってこられた由、
お聞きして、然らば(しからば)当方こそ、
領内ありったけの銃を集めぬことには、
申し訳が立たぬということで、
左様な話に相成りましてございます。
三百、四百とはまいりませぬが、
どうやら、あと、二百は上積みとなる算段にて、
特に弾は十二分に造らせております」

 「うむ、奥三河には、
鉛の出る良い山があると聞いた」

 「はっ、それもあり勝頼は、
三河に執着するのでございましょう」

 堺を掌握している信長は、
南蛮貿易で硝石、鉛といった弾薬の材料を手に入れ、
家康は領地の産出地からやはり原料を得ていた。
品質の整った鉄砲玉が潤沢な両軍に比較し、
武田は銅銭を鋳つぶして製造した玉がほとんどを占め、
銃弾の確保に苦しんでいることは、
以前の戦いから、
うかがい知れるところとなっていた。

 最後、兵糧庫には三河ならではの産物もあって、
家康のすすめで、居合わせた織田勢全員が、
本場の豆味噌をつまんだり、
鰻の皮や肝を干したものを食したりして、

 「美味い。
むしろ、これは酒肴であるな」

 と、信長が笑い、
張り詰めていた緊張が解け、
検分は大過なく、終えられた。

 三河を護る為、
黄金と三万の援軍を用意した信長に、
家康は何処までも気を使い、
しかし気を使っていることが知られぬように、
自然を装うその姿に、
信長以外は皆、気が付いていた。

 




 

 


 



 




 





 
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