第216話 宴の残照(2)

文字数 816文字

  「愛くるしい面立ち……見初めた時のままじゃ」

 信長の乱れた幾筋かの髪を、
仙千代が指で梳き、直した。

 仙千代のその指に信長も指を絡める。

 「三年も前のことでございます。
あれからずいぶん育っております」

 仙千代に他意は無かったが、
信長は意味ありげに笑い、

 「まあ。確かに」

 と仙千代の局所を撫でた。

 「左様な意味ではございませぬ」

 「何処も健やかに育った。
目出度いことだ」

 「知りませぬ」

 「またも憎たらしい。今宵は素直でないぞ。
儂が愛い(うい)と言えば愛いのだ」

 「殿の御目は曇っておいでです」

 「そうか?」

 「この仙千代が断言致します」

 二人の間ではこれも睦言だった。
信長を寛がせ(くつろがせ)、喜ばせる為、
従順でありさえすれば良いのかと言えば違っていて、
他愛がないといえばそれまでだが、
引いたり、焦らせたり、
程好く噛み応えのある態度を仙千代は取った。
 湯上りに解す際、
贅肉の無い締まった身体が芯の芯まで凝っていて、
指が入らないことさえある信長は、
思うがままに振る舞っているように見え、
実態は極端な緊張に身を置いているのだと仙千代は思う。

 「いつまでも童ではございませぬ」
 
 一瞬笑んで、確かにそうだという風に認めた信長は、
至って近い距離から仙千代を眺め、

 「麗しい。今は。
海辺の村のあの愛くるしかった童が斯様に美しく。
しかも棘がない。時折覗く笑窪(えくぼ)のせいか。
朴直にも見え……」

 「にも見え?実は違うのですか」

 「さあ。何であろうな」

 と濁した信長が、またも滾ってきたのか、
口を吸おうと顔を寄せたのを、
仙千代はふっと逸らせた。

 「これ!逃げるとは」

 「あのように虐めるからでございます。
息ができぬほど、あのように。
まだ気分を悪くしておるのです」

 それこそ媚薬でもないが、
強引だった信長に意趣返しで、仙千代は勿体ぶった。

 「そう、それだ」

 仙千代が怪訝そうにすると、
信長が仙千代の腰をぐいっと引き込んだ。

 「あっ」

 「思い出した。それだ」






 

 






 

 

 


 

 

 


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