第22話 喧嘩(1)

文字数 1,106文字

 清三郎が話し掛けられている。

 「兄者、玉越三十郎殿は、
浜松に長谷川様達、殿の元の御小姓達を訪ねた折に、
長谷川様達が気遣って、
武田が迫っておるゆえ町人の三十郎殿は帰れと言うに居残って、
三方ヶ原の合戦に加わり、討ち死にしたそうな。間違いないか」

 「はい」

 仙千代は声に背を向け、黙って大根を切っていた。
清三郎は、手を休め、板敷の間に身体を向け、
手が止まっている。

 「武士でもなければ、帰れとも言われ、何ゆえ、
そうまでして残られたのか。謎じゃなあ」

 「言うな言うな、言ってやりなさるな。気の毒じゃ」

 「気の毒とは何故じゃ?」

 仲間だけで話を進めている。

 「戦の後は刀剣、槍、甲冑、百姓どもが拾いに集まる。
それが有象無象(うぞうむぞう)の楽しみ故なあ」

 大きな戦であれば食べ物を売る屋台、果ては娼館まで出る。
百姓には戦に加わって手柄を立てようという野心家も居れば、
見物に回り、戦後に鎧兜など、戦利品を拾い集め、
売って儲ける者も数多居た。
民草が行う死体処理も見返りがなければやってられない。

 「果たして何が目的で浜松に残られたのやら。
町衆が長谷川様達と枕を並べて討ち死にとはなあ」

 つまり、武具甲冑を拾い集めて持ち帰る為、
清三郎の兄が浜松に残ったと連中は仄めかした(ほのめかした)

 「兄様は、左様な御方ではない……」

 清三郎の握った拳が仙千代の視界に入った。
拳はぐいっと握られ鬱血し、何かに耐えるように震えていた。

 小姓の中には元服後も勤めで残る者が居る。
今、ねちっこく絡んでいるのはそのような年嵩の者達で、
日頃から小姓の間で大きな顔をしている連中だった。
そのくせ、小指南や小姓頭に成るのかといえば、
さほど仕事が出来るわけでなし、もちろん人望もない。
家柄はそこそこだが、
大名や重臣の子なら、他にも腐るほど居る。

 「おい、仙千代」

 今度はこっちか……

 仙千代は無視した。

 「万見!どのような手管を使えば何をやっても許され、
邸まで建ててもらえるのか。そうじゃ、その手管、
そこの具足屋にも教えてやれ」

 具足屋というのは当然、清三郎を指している。

 はっと気付くと、清三郎が包丁を手に取っていた。
城中で刃傷沙汰を起こせば問答無用で死を賜ることになる。

 仙千代は清三郎の包丁を握った手を払い、
刃物が飛んで離れたのを見ると、

 「儂に迷惑かけるな!」

 と清三郎に小声ながら強く放った。
 刃物、刀剣の類いを城で振り回せば直ちに死の沙汰となる。
居合わせた仙千代も波をかぶる。
清三郎を守るなどという奇麗事を言うつもりはない。
正義漢ぶって格好をつけている暇はなかった。

 仙千代は振り向くと、

 「何処の猿山にも大将は居る!だが、おまえじゃない!」

 と、これは大音声(だいおんじょう)で叫んだ。








 
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