第35話 京へ

文字数 917文字

 元亀四年は、戦に明け暮れてきた信長にとっても、
周囲を敵に囲まれて、一方(ひとかた)ならぬ年になることが予想された。
 
 遠江方面には織田軍の同盟、徳川家康に武田信玄が攻め寄せ、
北近江では怨念の敵、浅井久政、長政父子が立てこもり、
越前は武田と気脈を通ずる朝倉義景との戦いがある。

 また、信長の力を得て上洛を叶えた足利義昭が、
信長が昨年晩秋に送った十七条の意見書を、
本来謹聴すべきところ、耳障りに思ったか、
敵対の旗色を鮮明にしつつある。
 名ばかりの将軍の名にも利用価値ははあり、
義昭につく大名が居ないわけではなく、
足利将軍という衰退の象徴のような化け物に煩わされることを
信長は嫌い、和解を申し入れたが成立はならなかった。

 結局、将軍は、内々の褒賞で釣った諸将を使い、
石山に砦を築き始めた。
 信長は義昭の息が掛かった軍勢を撃退し、砦を攻撃するよう、
柴田勝家、明智光秀、丹羽長秀、蜂屋頼隆の四人に命じた。
 二月末、勝家達の勇猛迅速な攻めにより、
敵は降参し、砦から退去した。
 そこで、勝家らが砦を破壊し、光秀は滋賀郡の大半を鎮圧した。

 義昭が信長に敵対したことを、京の人々は恩知らずだと言い、
今や将軍の花の御所を雨が激しく打つ音がすると、
市中に落書(らくしょ)を立てた。

 信長は京へ弥生の下旬、出馬することに決め、
仙千代も初めて遠征に加わることが許された。
 いよいよ武具甲冑の用意も成って、
仙千代は大いに気を引き締めた。

 小姓具足は当世具足の中でも簡便なもので、
諸将のような華やかさや重厚さはないが、
やはり高価な買い物で、
城に用意されている具足を使う小姓も居る中、
仙千代は清須の玉越に清三郎を通し発注し、自弁で調達した。
そのぐらいの扶持は得ていて、
昨年よりも今年はまた、多く貰っていた。
 
 刀剣は、万見家伝来のものを持っているが、
かなり以前、信長から短刀、脇差を拝領していたところに、
今回は打刀(うちがたな)が新たに加わった。
 太刀を改良し、実戦での使用に重きを置いた打刀は、
信長が好んで織田軍に取り入れている。
 打刀を拝領し、仙千代は、

 いつかこれで人を殺めることがあるのだろうか……
此度の京行きで、その日が来るのだろうか……

 と、妖しく光る刀身に、一瞬、身が震えた。

 

 

 

 

 

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み