第158話 小木江城 看病(1)

文字数 936文字

 長月初め、
下間頼旦(しもつまらいたん)の使者が、
降伏を願い出て小木江にやって来た。
 同日、豪雨の中、仙千代は城井戸で一揆の賊に襲われ、
以降二十日以上、重傷と高熱に臥し、療養していた。

 信長が寝所に仙千代を召し寄せるのは久しぶりだった。
静かな環境で休ませなければならないということで、
仙千代には一室をあてがい、回復に専念させた。

 褥に座していると、
現われた仙千代は作法に従って平伏しようとした。

 「左様なことはせずとも良い。
背の傷が痛むであろう」

 「はっ、恐れ入りましてございます」

 礼に副って慎ましやかにしている仙千代を待ち切れず、
信長は自ら近寄って、柔らかく抱いた。

 「少しは肥えたか?」

 「殿の御厚情により、
御蔭様で快復いたしております」

 確かに仙千代の為、
京から著名な医師、薬師を招いたり、
伊吹山の薬草園から取り寄せた煎じ薬を服用させたり、
信長は心を砕いた。
 また、高熱を発して朦朧としていようとも、
排泄をさせなければ毒が回ってしまう。
看病を命じた竹丸は寝食も忘れ、献身的に尽くし、
竹丸自身が疲弊していた。
 仙千代が意識を失っていた最初の数日の排泄は特に大ごとで、
根気よく刺激を与えてやると、
ようやくいくらか小便を出すという状態だった。
 かといって、
他の者に仙千代を看させるというと竹丸は嫌がって、
信長にさえ気色ばみ、

 「彦七郎、もしくは彦八郎以外なら、
私は認められませぬ」

 と意地を張った。
 仙千代は鯏浦(うぐいうら)の同郷の彦七郎兄弟と三人組かと思っていたが、
二回の夏を万見家で竹丸が過ごした仲だと知った後には、
仙千代は四人組なのだと信長は思い、
先々が楽しみなその四人が親しいことを喜ばしく見ていた。

 彦七郎、彦八郎は体躯に恵まれ、武に優れていたので、
今は重点的にそちらの経験を積ませている。
 それが病人の看護とは、
仙千代にも、彦七郎兄弟にも合わぬ話で、
結局、竹丸はほぼ独力で仙千代を看た。
 信長は、そんな竹丸が疲労の色を見せた時には補助をし、
水分補給や服薬、果ては排泄の手伝いまで行った。
 戦と政務に忙しく、
数多の子達を養育する機会のない信長は、
今回看病を多少なりとも手伝ったことにより、
仙千代への思いがいっそう深まり、
命の危険が去った後には、
戦に勝利をおさめた時のような喜びと安堵を覚えた。






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