第427話 仙鳥の宴(13)秀吉贔屓⑨

文字数 1,719文字

 新たな城に対する秀吉の熱情は、
それ自体、紛れもないものであり、
機会を捉え、
信長に上申せざるを得ないと仙千代は判断した。

 この熱意を邪険にしたら、
(ばち)が当たる、
この熱は買わずにおられぬ……

 「上様の御深慮を変える力など、
私には毛頭ございませぬが、
羽柴様の熱波には正直、やられました。
羽柴様の御城に対する思い、
必ずお伝え致します」

 「宴の後の良い気分のところに、
生臭い訴えをした。
勘弁下され。
ただ、仙殿の一言は値千金。
儂が万日通って億万回お願い申し上げても、
仙殿の目配せ一つに敵いませぬ故」

 「お止めください、
それ以上仰られたら、
立つ瀬がありませぬ」

 仙千代がにこやかに、

 「羽柴様の御熱意、
万見仙千代、(しか)と受け止めましてございます」

 と続けると、
 秀吉は、とどめを突いた。

 「正直、今宵、
上様の近侍の皆様なれば、
菅屋殿でも長谷川殿でも万見殿でも、
何方(どなた)であっても、
是非にも望みを伝えんと思うておった。
じゃが、話を聞いて下さったのは仙殿じゃった。
この縁を大切にして、
他の誰にももう言わぬ。
このことは、仙殿にだけじゃ」

 二人になる機会を、
ずっと狙っていたのだと仙千代は知った。
 
 見え透いた懐柔と言えばそうなのかもしれない。
それでも、こちらとしても、
才覚と胆力の備わった秀吉との交誼は、
信長側近としての仙千代に今後も不可欠で、
秀吉は織田家中で、
最も目を離してはならない存在の一人だと、
認識を強めた。

 「ほんに、良う(よう)やっておられる、仙殿は。
数多の中にあろうとも、
そこだけポッと(ほの)かに灯りが灯ったような、
浮き立つ見目形、
それはもう美しいものを見慣れた上様とて、
虜になられよう。
じゃが、それだけで済まされぬのが、
天下人たる上様に侍る御立場。
七面倒な夥しい案件を日々(さば)き、
頭の下がる思い」

 秀吉は仙千代に正対し、
真っ直ぐに見据えてきた。

 先のように手こそ握らぬものの、
秀吉の言葉には今、力がこもり、
仙千代への眼差しに揺るぎはなかった。

 「逸材たる仙殿を上様が強くお支えになり、
先々まで道を照らしておられることは、
衆目の一致するところ。
されば、是非とも仙殿を、
儂もお援けしたい。
仙殿も、どうぞ藤吉郎を頼って下され。
力を合わせ、上様の平安楽土を、
共に築いてまいりましょうぞ」

 既に菅屋様とは(よしみ)を深めておられるだろう、
いずれ竹丸にも、
いっそう親しく近付いていくに違いない、
堀久太郎秀政様に至っては、
かつての御家来にて、
秀という字を授けておられる……

 いよいよ、信長が帰陣する頃だった。

 「何の武功も無いこの身、
今はただ、
上様の御身の周りの御世話しか出来ぬ若輩者にて、
羽柴様の御力添えがあるかと思えば、
何事も恐れず、
信じた道を突き進むことができまする。
心強い御言葉、有り難く承り、
胸に刻みましてございます」

 「うむ!まこと、良い夜じゃ。
空の星々が煌めいて、
笑っておるかに映る」

 上機嫌の秀吉を見送った仙千代は、
信長が光秀と秀吉の二人を競わせるように、
出世街道を走らせていることを胸中確かめ、
秀吉を普請の奉行に推すのなら、
光秀にも、
相応の役割を与えなければならないと、
考えた。

 しかも、
焼餅焼きの羽柴殿の機嫌を損ねぬように……

 信長が天下布武の先鋒として大きく期待を寄せる、
秀吉、光秀は、
宣戦布告無しで信長が浅井・朝倉の挟撃に遭い、
命からがら京へ逃げ帰った際、
揃って志願し、殿(しんがり)を務めた仲だった。

 同じ時期に頭角を表した二人は、
光秀は沈着を装っているものの、
秀吉の負けん気は隠しようもなく、
この両雄を如何に扱うか、
ひとつ匙加減を間違えば面倒なことになると、
仙千代は見ていた。

 一戦片付けば、
次の戦が待っている。
 そして今回は、
信長の夢の城を築くという、
大事業が待ち受けていた。

 勝幡城、那古野城、清洲城、
小牧山城、岐阜城と、
信長は他の武将には見られない目まぐるしさで、
居城を変えた。

 安土は上様の生涯の集大成となる城、
すべての家臣(こぞ)って地上の平安楽土を、
お造り申し上げ、
無上の喜びを上様に奉じ奉るのだ……

 一人になった仙千代は、
仏法僧のぴゅう、ぴゅーうと鳴く声に耳を澄まし、
華やかな城郭を築く日々を夢見て、
しばし、
火照った頬に澄んだ山風を感じていた。


 

 



 

 

 

 
 



 

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