第32話 一人

文字数 1,074文字

 翌朝、

 ああ、今朝からはようやく大根から解放される、
昨日、清三郎が若殿に願い出たはず、
今日の朝餉は何かな、大根でなければ何でも良い……

 と、仙千代が厨房へ行き、
板敷の間にちょうど居た清三郎と挨拶を交わし、
膳を見ると、飯と共に豆腐の汁を食べていた。

 やった!お許しが出た!……
儂も豆腐が食いたい!米を食いたい!……

 仙千代は機嫌良く、

 「清三郎!美味そうだな!」

 と清三郎に珍しく笑顔を見せた。

 「若殿に、金輪際、城内で諍いは起こしませぬと、
お詫び致しました」

 清三郎も嬉しそうに米を頬張っている。

 「そうか。素直さは大切じゃな。うむ」

 しかし、仙千代に与えられた膳は、
大根料理一色だった。

 「こっ、これは!」

 清三郎も驚いている。

 「あっ!仙様の朝餉は大根ばかり!」

 「清三郎ー!」

 またも拳でぐいぐい、頬を押した。

 「いてて。なれど、ちゃんと詫びました故、
私はこうして、大根から解放されて、」

 「やかましい。もう良い。儂は大根が好きなんじゃ。
冬の大根は滋養があって甘い。ああ、美味い」

 見るのも嫌な大根飯と大根の汁を仙千代はかきこんだ。

 そうか、まいりましたと言ったのは清三郎で、
儂ではない……
儂は儂で謝れということか……

 蟄居明け、信長、信重に帰った旨は伝えたが、
確かに城中で喧嘩をしたことについては詫びていなかった。

 清三郎には勝ったんだ、もうお詫びして、
大根から解放していただこう……
何やら、身も痩せてきた……

 と思ったが、こうなると、記録更新でもないが、
妙な意地も出てきて、

 しかし、儂とて好きで喧嘩したわけでなし、
武士の名誉を守ったまでじゃ、
万見家が小馬鹿にされて黙っておるわけにはゆかぬ……

 という論法が頭に浮かび、

 やっぱり今は負けられん、
いくら若殿の御考えとはいえ、
儂も武士、名こそ惜しけれじゃ、
万見の名を汚した三人組を成敗したまで……

 仙千代は、まだ音を上げないことにした。
一人、毎食、大根料理を食べた。
 信長や鷺山殿から菓子が出され、

 「仙千代も」

 と誘われようが、

 「目下、大根の刑に処されております」

 と答え、我慢した。

 一ヶ月、大根を食べ続け、ある朝、ついに、
普通の食事に戻った。

 結局、仙千代は、乱闘の件を謝らなかった。
蟄居一ヶ月、大根料理一ヶ月という沙汰を済ませ、
あとはもう、信長であろうが信重であろうが、
何もなかった顔をして過ごした。
 信長も信重も、
表立っては仙千代に、何も言いはしなかった。
 だが仙千代は、内心、

 二度と城中で喧嘩はすまい……
流石に懲りた……
家にも、竹丸にも、心配をかけた……

 と、思った。

 

 

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