第247話 竹の花(8)

文字数 1,324文字

 仙千代は笑ってしまった。

 「笑窪(えくぼ)?儂にもあるぞ。
笑窪が好きなのか、竹丸は。
なあんだ、笑窪のある女子(おなご)が好みとは。
初めて知った」

 とはいえ、笑窪といっても頬の上に横線で入る者、
口の横に星のように凹んでくっきり浮かぶ者、
仙千代のように頬に縦線で出る者、
色々と居る。

 「どのような笑窪なのだ?」

 竹丸は何故か答えない。
またも黙って荷解き(ほどき)をしている。

 「左様に笑窪を好むなら儂の笑窪をやろうか?
何やら幼く見えて好きではないのだ」

 仙千代は頬をつねって竹丸に、

 「ほら!笑窪玉じゃ!」

 と投げた。
 何故か竹丸は冗談に乗ってこない。

 やはり疲れているのかと思い、

 「垂井は京へ上がる道の途中ゆえ、
またその国士殿の家に宿泊することでもあれば、
娘御も竹を待っておるやもしれぬ。
 楽しみに待て」

 と、床几(しょうぎ)から立った。

 「頬に浮かぶ縦の線……愛くるしかった」

 竹丸がぽつんと呟く(つぶやく)

 「そうか。儂と同じ縦線笑窪か。
遠縁か?儂の。余り縦笑窪は見ぬからなあ」

 娘を憎からず思っているのではないかと想像されて、
仙千代は浮き立ってしまう。
 竹丸の表情は分からないまま思い付き、言った。

 「竹!手紙(ふみ)を書け、手紙を。
花を持たせてくれるとは、きっと娘御は竹を……
ああっ、じっとしておれぬ。
恋文を書くのだ、
無事に岐阜へ着いた、
花を眺めては垂井での日々を思い出して云々……。
ううむ、儂は文才がある!」

 竹丸の情趣溢れる出逢いに燥いだ(はしゃいだ)仙千代が、

 「筆は何処だ、筆は。
何だ、浮かぬ顔をして。恋煩いか?
手紙、儂が文言を考えてやろう。
竹の思いが叶うよう、手伝ってやる」

 織田家に臣従している国士の家の娘であれば、
何なら竹丸の(つま)として一切問題はない。
相手にしてみても、
婿が織田家の代を継いでの家臣であれば、
願ったり叶ったりの縁談であることは間違いなかった。

 「かくなる上は殿に早々の元服をお願いし、
その娘御を室として迎えれば良い。
竹丸、街道整備に出て、良かったなあ!
気心の合う室は一生の宝だと言うからな」

 竹丸が竹の花を(えにし)として、
いくらか変わった感覚を持った面白い娘を室とするなら、
その室と仙千代も親しく交わり、
やがて仙千代の室も加わって互いの子達と共に、
行き来できたなら愉快だと仙千代は夢を見た。
 想い想われの話に生臭いようだが、
竹丸より織田家に出仕したのが一年遅い仙千代でさえ、
万見家当主である養父(ちち)の倍以上の禄を得ていて、
一家を成していく十分な基盤があった。

 「筆と墨と紙を出せ。儂が文言は考えてやる」

 「書くなら自分で書く。自分で書ける」

 「そうか。まあ、そうだ。
うむ、武運を祈る!
手紙は書け。その娘を逃してはならんぞ」

 幼い頃からの友に慕う娘が現れたこと、
その娘が運良く織田家と親しい良家の出で、
しかも教養や優しさを備えているらしいことに、
仙千代は嬉しさを隠しきれず、浮き浮きしていた。

 「仙千代!」

 湯桶を持って部屋を出ようとした仙千代の背に、
竹丸の声が飛んだ。

 「おう!何だ?」

 振り向き、いくらか首を傾げた。
竹丸は何とも言い難い顔をしていた。
 
 恋煩いか?今夜、何やら妙な竹丸だ……

 「やはり恋文の相談か?または惚気か」

 「仙……」

 竹丸が仙千代に一歩近づいた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 
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