第27話 成長(1)

文字数 1,605文字

 朝の執務が始まる前、公居館に信長、信重、
小姓頭、竹丸、三人組、仙千代、清三郎が居た。

 仙千代を見て、信長は頭痛を覚えた。

 鯏浦(うぐいうら)の万見家を訪ねた折、
屋根から梯子をつたって降りてくる仙千代を見、
もしや落ちたらどうすると思い、受け止めてやったのに、
今の仙千代は顏のあちこちが切れ、紫色の痣を作り、
着物の襟から覗く首すじも打ち身らしい痕がある。
おそらく全身、赤痣、青痣だった。

 美しさは武器で、それ故に、気立ても知能も、
上がって見えるということに仙千代は気付いていない。
そこが魅力でもあるのだが、余りに頓着がない。
 そこまで派手にやりあって、
骨格が歪み、歯でも欠けたらどうするのか。
それでも仙千代の聡さは手離せないが、
何があっても失ってはならないのは仙千代の美しさだった。
聡い者は他にも居る。
極めて聡く、秀でて美しい者は、まず、滅多に見ない。

 他の者も全員が顔面はじめ、負傷していた。
しかし信長は仙千代にだけ、声を掛ける。

 「医者に診せたのか」

 「今朝、顔を洗いまして、軟膏を塗りました」

 「医者に診せたのかと訊いておる」

 「いえ、診せておりません」

 信長が命じるより先、小姓頭が直ちに医師を手配した。

 「まあ、皆、医者には診てもらうが良い。
冬場とはいえ、膿んでは後が長引く」

 三人組と仙千代、清三郎が揃って礼を述べた。

 「昨日の件、既に聞き知っておる。
城内で左様に派手な諍い事を起こすとは言語道断。
沙汰が下されることに異論は無かろう」

 三人組の最年長が、

 「畏れながら」

 と声を上げる。

 「申せ」

 「ははっ!我ら三人は万見に殴り掛かられ、
致し方なく素手で応戦したまで。
万見と玉越は、大根を取り替え引き換え、殴って掛かり、
我らはあくまで致し方なく身を守り、」

 信長が遮った。

 「しかし三人と二人ではないか。しかも相手は年少者。
そもそも、仙千代や清三郎の家柄を云々したと言う。
年長者がそれでは、情けない」

 「日ごろから何やら態度が大きいのです。
鬱憤がたまっておりました。それは認めましてございます」

 「仙千代、大きな顔をしたのか?」

 「嫌味を言われれば無視は致しました」

 「ほう。嫌味を。どのような嫌味じゃ」

 「やはり家格についてでございます」

 「清三郎はどうなのだ」

 「あっ、ははっ、はい、
具足屋の倅と評されましてございます。
なれど、確かに我が家は具足屋にて……」

 信長は立ち、三人組の前に進んだ。

 「具足を付けず、戦に行くか?
半刻と持たず、あの世行きじゃ。情けないとしか言えぬ。
しかも、清三郎の兄、三十郎を愚弄した」

 三人は青ざめ、(こうべ)を垂れている。

 「ここに居る竹丸の叔父、
三方ヶ原で討ち死にした長谷川橋介も、三十郎も、
天晴な死に様であった。それを揶揄するとは許せぬぞ」

 信長にしては優しい叱り様で、
何故かといえば、
二度とこの三人を城へ戻す気はなく、すっかり興味を失っていて、
また、仙千代や清三郎に、
恐怖を与えぬようにという配慮からだった。
信長自身、まともに怒りを表せば、
譴責(けんせき)を受ける当人以外も皆が皆、
震え上がることを知っている。

 「万見家も、先代より織田家に仕え、
特に仙千代の養父(ちち)は、
桶狭間合戦で大きな怪我を負った痛みを今も抱えつつ、
一向一揆との最前線、二間城(ふたまじょう)に詰めておる。
一日も早く世を平らかにしたいという思いは、
織田家の家臣であれば皆、同じである。
そこに扶持の高低を持ち出すとは。
見苦しいこと、この上ない!」

 信長の癖で、怒りが怒りを呼び、
最後は少しばかり、強く放った。

 ここで、表情を変え、仙千代に問うた。

 「時に、仙千代。何か申し開きはあるか?」

 信長自身、
自分の中に二人の人間が居るかというような変わり様で尋ねた。
意識したわけではないが、声が打って変わって穏やかになる。

 「ございます」

 意外な気がした。
今までの仙千代ならば、控え目な性分からして、
思っても黙していることが多々あるように見受けられた。





 
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