第21話 厨房

文字数 2,008文字

 信長に清三郎と仲良くしてやれと仙千代は言われたが、

 同じ歳だからといって仲良くする必要なんかない……

 と内心で思い、顔を見れば挨拶を交わすものの、
三郎が傍に居て、よく面倒を見ているようなので、
仙千代の出番は特になかった。

 清三郎を見ると、その目で信重と見詰め合い、
その手で信重に触れ、その唇で信重と唇を重ね……
という嫉妬が渦巻いて、仙千代は自分でも分かるほど、
苛立った。

 信重にも腹立ちが向いて、

 若殿なんか嫌いだ、もうこっちだって嫌いだ、
大嫌いだ!……

 と、胸中で叫ぶものの、
信重が清三郎を連れて歩いていたり、
二人で天守へ上がる姿を見たりすれば、発狂しそうになって、
冬だというのに井戸へ行き、バシャバシャ顔を洗ったり、
河原で数限りなく石を拾っては川面へ投げて、

 「たわけ!糞だわけー!」

 と大声で怒鳴り、次には号泣してみたり、
腹が立って木の根っこを蹴り上げて自分が激痛で涙目になったり、
他人から見たら、いったい何をしているのかという状態だった。

 時に、竹丸がそんな仙千代に、

 「男子の成長期は難しいものよなあ。
顔に吹き出物が湧く者が居るかと思えば、やたら乱暴になる者も居る。
仙千代は癇癪か」

 と茶化したりする。
すると、ますます腹が立ってきて、

 「あっちへ行け、儂は一人になりたいんじゃ!」

 と追い払うかと思えば、

 「竹、一人は嫌じゃ、一緒に居てくれ、碁でも打とう」

 と誘ったり、竹丸には滅茶滅茶な甘え方をした。

 無茶な態度をしてしまった後は、

 すまん、竹、またやってしまった、すまん……

 と、心中で詫びる。
口に出して謝ると、竹丸は必ず笑って受け流すので、
余程でなければもう謝らない。
 それでも竹丸と仙千代の親しさは変わらなかった。
 
 小姓達は行儀よく節度ある振舞を外ではしていても、
一皮剥けば年頃の男子で、成長期特有の心理の揺らぎや、
身体の変化があって、
集団生活ゆえの衝突が無いではなかった。
 小姓同士の色恋沙汰が禁じられているように、
喧嘩も御法度で、表立って争うことがない分、
嫌味や陰口を好む者達も居た。

 小姓達の食事は日に二回、宿舎の厨房で料理人が作り、
その横の板敷きの間で皆が順番に食べるのだが、
戦場での心得として煮炊きも学ぶので、
当番制で小姓も厨房に立った。

 料理人の地位は小姓よりも下だった。
中にはそれを良いことに真面目に学ばない者も居る。
ちょっかいを出して邪魔をしたり、つまみ食いをしたり、
その程度なら仙千代も分からないでもなく、
一緒に遊びたくなることはある。
 しかし、ふんぞり返って板敷の間で何もせず、
偉そうに指示だけ出してくる連中は、いけ好かなかった。
そして、そういう奴らに限り、
日ごろも何かと嫌味たらしく、粘着質な物言いをした。

 この日は清三郎が一緒だった。
仙千代とて、家では上げ膳据え膳で暮らしていて、
調理は詳しくないが、
海辺の育ちで釣った魚をしょっちゅう捌いて(さばいて)いた。
野菜を切るぐらいは何でもなかった。

 清三郎は稀に見る無器用だった。武具甲冑商の家に生まれ、
職人仕事を手伝うことが嫌ではなかったと聞くので、
刃物の類いは扱い慣れているかと思いきや、
こと、包丁となるとまるきり駄目で傍から見てさえ、危うかった。

 料理人が居るのだから、
専門職の者が教える方が良いに決まっている、
儂は知らん…………

 隣に居ても口をきかず、仙千代は自分の作業をこなした。
大根の葉と胴体を分け、葉についた虫で目立つものは取り、
小さなものはいずれ煮てしまうのだから気にしなかった。
城主一家や重臣、宴席に供すものならこうはいかないが、
食べ盛りの小姓達、百人以上の量を作るとなると、
細かなことは言っていられない。
 冬場は水が冷たく、手早く終えたかった。

  大根は乱切りにする。
これも饗応料理ではないので皮付きのまま、たったと切る。
あとは大鍋に入れて水から茹で、湯切りしたあと、味噌で煮る。
葉は洗い、茹でで塩もみにして胡麻と合える。

 受け持ちが今日は大根で、組む相手は清三郎だった。
清三郎は手が遅く、効率がいかにも悪かった。
ただ、懸命に、やってはいる。

 板敷の間でゴロゴロしている数人が閑にあかせて揶揄って(からかって)きた。

 「希望は高く身は低く。
低きから上がろうとする者は影日向なく、大変じゃなあ」

 家格が高いとはいえない仙千代、
生まれが町衆である清三郎を下に見て、
何もせぬ者達が囃し立ててくる。

 「差し出すものは何でも差し出して、御栄達だわ。
夜も昼もなく、御苦労なことよなあ」

 「いや、差し出すばかりではない、受けもする」

 君主の寵童が妬みの対象となりやすいことは、
世話をよくしてくれる先輩小姓から聞き知っていて、
仙千代はそれに慣れなければならない、
他に行く場所も無いのだからと考えているが、
来たばかりの清三郎にしてみれば苦痛だろうと想像はした。

 「おい、清三郎」

 矛先が清三郎に向かった。

 「はい……」

 清三郎の声に、怯えがあった。




 
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