第61話 箔濃の宴(1)

文字数 983文字

 日ごろ、家臣に酒の飲み過ぎを戒めている信長が、
この元旦の夕べは若い衆に酒席遊びをすすめた。

 酒を覚えたばかりの彦八郎が、

 「殿、(うぐいす)呑みを御目にかけようと存じます!」

 と言った。
 鶯呑みとは参加者が十杯の酒を早飲みするものだった。

 「鶯呑みは早うに決着がつくのがつまらぬ。
一滴残しの遊びはどうじゃ」

 一滴残しとは、盃を空けた際、その盃を逆さにして、
一滴だけ滴れば勝ち、二滴や無滴は駄目で、
一滴残しが成るまで飲み続けるという、一見優雅だが、
実は荒っぽい飲み方だった。

 場には信忠も居た。小姓は信長付きの者達だけだった。

 「若殿も御参加あそばされますか?」

 軽妙な性格をした彦八郎が、またも言う。

 「若殿は御酒(ごしゅ)にお強い故、ぜひ!」

 信忠も引っ張り出され、年始の運試しとばかり、
一滴残しに加わることになった。
 
 すると信長が、

 「ええい、面倒じゃ、一同、参加せい」

 と放ち、竹丸、仙千代はじめ、
小姓も皆、余興の一員となった。

 総勢三十人近くで一滴残しをやって、
互いに隣や前の席の者で結果を確かめ合いながら余興は進む。

 飲み干す合間にはやんややんやと囃し立て合って、
若い者ばかりなので賑やかこの上ない。

 信長も腹を抱えて笑っている。

 運良く仙千代は最初の二杯で抜けられ、
信忠も三回目には降りられた。

 意外にも、竹丸が要領悪く、最後の二人に残ってしまい、
最後の最後は酔いつぶれ、勝負から脱落し、敗者となった。

 敗者は一抜けの者から顔に墨で文字や絵を描かれる。
今回は一位が三人だった。
竹丸は、その三人から額に目を描かれ三つ目になって、
鼻の頭は黒く塗られ、犬猫のような髭も描かれた。

 一同、寝入っている竹丸の姿に、

 「さしもの竹丸も斯様な姿では」

 「竹は酒に弱いと見える。
文武に秀でた竹丸にも弱点があるということか」

 「ああ、初笑い、初笑い」

 と笑いが止まらなかった。
 信長、信忠も、
日ごろ、気を張り詰めている側近達が無礼講で楽しむ姿に、
表情が緩みっ放しだった。

 竹丸は七杯、八杯と飲んだのだから、
酒に弱いというよりも遊び下手だと仙千代は思い、

 竹丸、真面目過ぎる故に……

 と、可笑しかった。
 
 やがて信長が、

 「仙、竹を看病してやれ。そこでは風邪をひく。
部屋へ連れて行ってやるように」

 と言い、仙千代は、

 「畏まりました」

 と暇を告げ、仙千代、彦七郎兄弟で竹丸を部屋へ運んだ。




 
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