第212話 有岡城 命名(2)
文字数 1,021文字
貴賓を招いた宴での振舞は、
一挙手一投足、定められた形式があり、
盃一杯の酒を供すことさえ、二人がかりで行う等、
主君の威厳を保つ為、守るべき作法が確立されていた。
信長は酒を好む方ではないが、
今日は古酒を既に何杯か、口にしていた。
「伊丹の城は川で守られておると聞き及ぶ。
如何なる川か、知っておるか」
盃を口に運びつつ、
信長が小姓達に声を掛ける。
当初、
伊丹攻めに信長も向かうはずだったのだから、
小姓達も出立前に作戦図を確かめている。
当然、敵城の地理は頭に入っていた。
仙千代の頭にも、
猪名川、伊丹川、駄六川という名が直ぐに挙がった。
「仙千代。申せ」
「はっ!猪名川なる大河を、
地図にて覧じましてございます」
三川 共、諳んじて いたが、
仙千代は一つだけ答え、他の二名に残りは預けた。
竹丸、勝九郎なら、仙千代同様、
頭に全部入っていると知っていた。
すらすらと澱みなくすべてを言えば、
記憶の明るさを示すことにはなる。
しかし何も評定の場ではない今、
無粋なことはしたくなかった。
「何だ、一つしか言えぬのか。
二つ三つ、あったはず。
仙千代は信濃殿の鮮やかな勝利に驚き、酔うて、
覚えが飛んだか」
言葉は厳しく聞こえるものの、表情は緩み、
仙千代に笑顔を投げている。
信長は脇息 に身を預け、
「竹、勝 。申せ。
儂こそ信濃殿の手並みに酔ったか、
名を忘れてしまった」
一才といえども年若い勝九郎が竹丸を見遣ると、
竹丸が勝九郎を促し、先の返答を許した。
最後のひとつを竹丸が引き取るということだった。
「伊丹川が流れておったと存じます」
と勝九郎は言い、
「三つめは、
駄六という珍しい名の川であったかと記憶しております」
と竹丸が結んだ。
三人の小姓が主の質しに正確に返答したことから、
信長の表情に満悦が浮かんだ。
「仙。一人が一つを言い、
三人が三川 を答えれば興が増すと、
わざと忘れた振りをしたのであろう」
「左様なことは、」
「ないと申すか。
真を申さぬなら、
真を申すまで酒を飲ますと言ったらどうだ?」
「それはいかにも困ります」
最高潮に機嫌の良い今の信長が求めるものは、
村重をもてなす為の場の和みだった。
仙千代が困惑を見せると、
いっそう破顔となった信長は、
「伊丹城の新しい名を今宵、ここで決めるも一興。
信濃殿、案はござるか」
と、言った。
事実上、この席で、
信長が城の名を決めるということであり、
織田勢に参じてまだ日の浅い村重にとって、
名誉極まることだった。
一挙手一投足、定められた形式があり、
盃一杯の酒を供すことさえ、二人がかりで行う等、
主君の威厳を保つ為、守るべき作法が確立されていた。
信長は酒を好む方ではないが、
今日は古酒を既に何杯か、口にしていた。
「伊丹の城は川で守られておると聞き及ぶ。
如何なる川か、知っておるか」
盃を口に運びつつ、
信長が小姓達に声を掛ける。
当初、
伊丹攻めに信長も向かうはずだったのだから、
小姓達も出立前に作戦図を確かめている。
当然、敵城の地理は頭に入っていた。
仙千代の頭にも、
猪名川、伊丹川、駄六川という名が直ぐに挙がった。
「仙千代。申せ」
「はっ!猪名川なる大河を、
地図にて覧じましてございます」
仙千代は一つだけ答え、他の二名に残りは預けた。
竹丸、勝九郎なら、仙千代同様、
頭に全部入っていると知っていた。
すらすらと澱みなくすべてを言えば、
記憶の明るさを示すことにはなる。
しかし何も評定の場ではない今、
無粋なことはしたくなかった。
「何だ、一つしか言えぬのか。
二つ三つ、あったはず。
仙千代は信濃殿の鮮やかな勝利に驚き、酔うて、
覚えが飛んだか」
言葉は厳しく聞こえるものの、表情は緩み、
仙千代に笑顔を投げている。
信長は
「竹、
儂こそ信濃殿の手並みに酔ったか、
名を忘れてしまった」
一才といえども年若い勝九郎が竹丸を見遣ると、
竹丸が勝九郎を促し、先の返答を許した。
最後のひとつを竹丸が引き取るということだった。
「伊丹川が流れておったと存じます」
と勝九郎は言い、
「三つめは、
駄六という珍しい名の川であったかと記憶しております」
と竹丸が結んだ。
三人の小姓が主の質しに正確に返答したことから、
信長の表情に満悦が浮かんだ。
「仙。一人が一つを言い、
三人が
わざと忘れた振りをしたのであろう」
「左様なことは、」
「ないと申すか。
真を申さぬなら、
真を申すまで酒を飲ますと言ったらどうだ?」
「それはいかにも困ります」
最高潮に機嫌の良い今の信長が求めるものは、
村重をもてなす為の場の和みだった。
仙千代が困惑を見せると、
いっそう破顔となった信長は、
「伊丹城の新しい名を今宵、ここで決めるも一興。
信濃殿、案はござるか」
と、言った。
事実上、この席で、
信長が城の名を決めるということであり、
織田勢に参じてまだ日の浅い村重にとって、
名誉極まることだった。