第175話 河内長島平定戦 魂の血

文字数 817文字

 垢に塗れた黒い皮膚、
肋骨が浮き出て窶れ(やつれ)萎びた焚付(たきつけ)の枝のような体、
落ち窪んだ眼窩、しかしその奥の眼はぎらついて、
暗黒の光を憎しみに滾らせている。
 狂信の亡者となった一揆の群れは、
裸に抜刀という決死の身構えで織田軍に立ち向かい、
今や信長の本陣付近まで迫って来ていた。

 「織田市之助様、御討ち死に!」
 
 「小瀬三郎五郎様、御討ち死に!」
 
 「織田四郎三郎様、御討ち死に!」
 
 「佐々松千代丸様、御討ち死に!」

 「平手監物(けんもつ)様、御討ち死に!」

 「山田三左衛門様、御討ち死に!」

 陣容が大きく崩壊する中、討死の報だけが次々に届く。
信忠軍の正確な死者、被害は不明だが、
信長本隊ですら、この有り様だった。

 市之助は信長の従兄弟 織田信成。
 小瀬三郎五郎清長は、
信長の父 信秀の寵臣の嫡男にして、信成の重臣、
実弟は信長の最側近である菅屋長頼。
 四郎三郎信昌は、従兄弟にして信成の実弟。
 千代丸は、重臣 佐々成政の若き嫡男。
 平手監物久秀は、
信長の亡き傳役(もり) 平手政秀の嫡男にして、
妹は信長の弟の(つま)
 三左衛門は(いみな)を勝盛といい、
弓衆百人を預かる馬廻りで、信長の小姓出身だった。
 
 信長が頼り、信じ、慈しんだ者達が続々と討たれ、
死んでゆく。

 信長本隊四万、信忠隊三万、佐久間 柴田の合同隊三万、
滝川隊と九鬼隊合わせて二万、
鉄壁の巨軍がわずか千人、
いや、もしかすれば八百九百という、
甲冑さえ身に着けぬ裸身の餓鬼に駆逐され、
少なくない者が命を散らせた。

 戦場(いくさば)で負傷したなら一旦退き、
手当てをし、次に備える。
 しかし裸に抜き身一つの狂信鬼達は、
(はな)から命は捨てているのであるから腕を失おうが、
肢が一本になろうが血塗れの姿となって挑みかかってくる。

 儂は甘過ぎた!奴等に甘過ぎた!
何を血迷い、斯様に甘い顔をしてみせたのか!
儂は間違っていた!
 許せ!市之助!三郎五郎!四郎三郎!
許せ!千代丸!監物!三左衛門!
 不甲斐ない儂を許せ!仇は直ぐにとってやる!
今すぐに!……



 
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