第203話 慕情の宴(3)

文字数 1,573文字

 長島一向一揆制圧戦で信長軍本陣だった小木江城から
信忠が陣としていた二間城に戻る際、
奇襲を受けて絶命した清三郎の身体は豪雨の中、
木曽の支流が氾濫する中で海へと流されていった。
 
 信長から信忠への書状は三郎が守り切り、
二間に持ち帰ったが、清三郎は還らず、
残されたのは清三郎が背負っていた大瓢箪ひとつだった。
 
 三郎から瓢箪の謂れ(いわれ)を聞いた信忠は、
清三郎の儚い命を思い、泣きに泣いた。
 
 二間城に清須から清三郎の父や兄達を召し寄せ、
瓢箪を形見として渡した際、
清三郎の父はそれを清三郎だと思い、
焼いて墓へ納めると話した。

 この午後、酒宴の席に、
清三郎の父 甲冑商の玉越は、骨壺を持参していた。
 小さな陶器の箱に収まっているのは、
瓢箪を焼いた灰だった。
 それが清三郎の「遺灰」なのだった。

 信忠は清三郎の忠心に報い、
玉越家に年に百石を与える旨、予め(あらかじめ)記させておき、
宴の前に三郎が認状を読み上げた。
 玉越は恐縮し、有り難く拝領した。

 宴は寂寞を伴いながらも和やかに進み、
勝丸はじめ、若い小姓達が給仕をし、
三郎はその差配をした。

 やがて、陽のある内に玉越達が岐阜を発つという時、
三郎が勝丸に声を掛けると、勝丸が頷き、
やがて、
鮮やかな緑色の地に、
金の織田木瓜の紋が入った鎧櫃(よろいびつ)が座敷に運ばれ、
信忠に見えた(まみえた)

 同じ城に住まっていても、
城主と成人した息子が直接のやり取りをすることは稀で、
間に取次、奏者と呼ばれる側近や小姓が入り、
用件を伝える。
 信忠側は三郎や勝丸がそれを行い、
信長の方からは堀秀政や仙千代、竹丸がやって来る。
 信忠は、鎧櫃を一目見て、察した。

 このところ、三郎、竹丸、仙千代には、
時に手指に小傷があったり、
或いは部分的に爛れて(ただれて)いたりして、
信忠は少しばかり訝しんで(いぶかしんで)いたが、
小姓には務めが雑多にあって、
何やらそのせいなのだろうと考えていた。

 そうか、清三郎の遺志を継ぎ、
三郎、竹丸、仙千代で仕上げたものか、
この鎧櫃は……
あの手は慣れない細工で傷めたり、
漆でかぶれたりしたものであったのか……

 「亡き清三郎が若殿に捧げ奉らんと製作の折、
他界となって遺された鎧櫃にて、
小姓の同志で仕上げたものでございます」

 三郎の口上を受け、信忠は告げた。

 「斯様に美しく漆や金粉を施すとは見事なものだ。
清三郎の笑顔が目に浮かぶというもの。
忠義の友の遺志を継ぎ、三郎、良い仕事をした。
天晴である」

 三郎は平伏し、聴き入っている。

 「また、清三郎の人柄であろう、
多くの者の助けがあって完成と成ったことも喜ばしい。
皆々に労いの意を伝えておくように。
しみじみと、大切に使おうと思う」

 三郎は、

 「恐悦にございます。
携わった者どもに、
若殿の御言葉、きっと伝えましてございます」

 と、尚も深く平伏した。

 「玉越、如何か。近く寄って見よ。
兄達も見るが良い」

 清三郎の父、兄二人が鎧櫃を囲み、触れ、
出来栄えに感嘆し、
三人は三郎に重ね重ねの謝意を述べ、

 「清三郎が喜んでおります。
まこと、喜びの声が聴こえてまいります、この胸に」

 と玉越は信忠に目を潤ませた。

 この後、自分はいったいどれほどの忠臣、
慕う者達を喪い、悲しみ、嘆き、
しかし、
それを表にすることはなく生きていくのだろうと、
信忠は玉越や清三郎の兄達、
美しく仕上げられた鎧櫃を見、思った。

 「緑の色は若葉のように旺盛な生命を祈り、
家紋の金は織田家の天下統一の願いを込め……」

 清三郎の言葉だという三郎の口上は、
清三郎はじめ、
長島一向一揆制圧戦で命を落とした多くの血脈、
忠節の臣下を偲ばせ、
信忠の胸を哀切の情で締め付けた。

 清三郎、天下統一、必ず成し遂げようぞ……
必ず、必ず……

 いつしか信忠も、鎧櫃に手を這わせ、触れていた。
 緑の漆木地が瑞々しくも爽やかで、
清三郎の信忠への願い、武運長久を、
静かに語っているようだった。

 

 

 



 






 

 

 




 
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