第167話 河内長島平定戦 敵将の涙

文字数 678文字

 慈悲を装った信長の言葉に驚嘆し、果ては感銘を受けたか、
大木兼能(おおきかねよし)はいつしか顔を上げ、薄っすら涙を浮かべている。

 ますます痛快そのものだった。
 まだ日の出前だった。
順調に征伐が終われば、
後の処理は佐久間信盛や柴田勝家に任せ、
夕陽は三月(みつき)ぶりの岐阜で眺めているかもしれない。

 「さあ、そろそろ陽が上がる。
直ちに長島城へ戻り、この和議を下間(しもつま)殿に伝え、
摂津への出立に一刻も早く取り掛かられよ」

 和議でないことは信長、兼能、
居合わせた全員が知っている。
 「和議」と言ってやったのは、
この武将を生きて目にすることは二度となく、
今生の別れと思えば、情けの言葉のひとつや二つ、
痛くも痒くもないからだった。

 「御厚情、一生涯、忘れませぬ!
有り難き御沙汰、
顕如法主(ほっす)確と(しかと)お伝え申し上げまする!」

 兼能はふたたび床に額を擦り付けた。

 信長の気配に合わせて立った仙千代が先導し、
来た時と同じように竹丸が太刀を持ち、
謁見の間を後にすると、同席していた丹羽長秀、
堀秀政ら、新旧の最側近も後に続いた。

 小木江城で政務を執り行っている部屋に入ると、
予め(あらかじめ)仙千代、
もしくは竹丸が用意を命じておいたに違いない、
朝餉の支度が今朝はそこに出来ていて、
大きな鉄鍋が中央にあり、粥が湯気を立てていた。

 膳も器も十分に数が足りている。
給仕を終えた仙千代、竹丸も、
共に食すよう、信長は伝えた。
 続きの間に控える側近家臣や馬廻りにも、

 「今日は一日が長い。しっかり食べておけ」

 と、命じる。
 皆で食べる方が同時に合議を進められ、
時間の倹約になる上、
互いに説明の二度手間を省くことができる。

 
 



 

 



 

 




 


 

 




 

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