第12話 餅つき行事(2)

文字数 957文字

 餅つきとはいえ、領主の城での行事となると、
神社から禰宜がやって来て、祝詞をあげて、
さて、そこからが本番だった。

 身分の分け隔てなく城の若党が打ち揃い、
餅をつきあげていく様は豪快で、湯気が立つ中、
躍動する男達の姿に威勢の良い掛け声が加わって、
それだけでも邪気が追い払われていくようだった。

 また、厨房で米を蒸しているのは女子衆(おなごし)なので、
蒸し米を取りに行くことは若い衆の楽しみだった。
 身分の高い御女中はそこには居ないが、
年頃の娘達が出揃っていて、二言、三言、
会話を交わす間には親しくなる者達も居るようだった。

 家臣やその子息、出入りの商人も今日は招かれていて、
結局は、客であろうが若い男子であれば、
皆、餅つきを手伝うことになる。

 そこに、
先だって小姓達と甘糀酒を飲んでいた甲冑商の息子が居た。

 蒸し米を運んでいるその姿に、信重は、

 やはり、少しばかり似ていなくはない、
仙千代に、何処か似ている……

 と見ていたが、深追いすることはなかった。
仙千代に似ているからと、仙千代でないことは明白で、
信重にとっては仙千代の身目形は確かに魅力的ではあるが、
あくまで二の次で、仙千代という存在自体が愛しく、
共に過ごすひと時の安らぎ、楽しさを、
他の誰かが取って変わることができるとは思われなかった。

 つきたての餅が、
信長、信重、主だった客の居る東屋に運ばれてきて、
竹丸、仙千代はじめ、信長の小姓達が給仕した。

 庭園の二本の滝は師走であればまだ凍ることがなく、
今日も大小の池に流れ落ちている。
 師走であれば寒々しくも映るものだが、
この日は陽がよく照って、風もなく、
行事の熱気と相まって、むしろ、爽快な眺めとなっている。

 そこで、ちょっとした騒ぎが起きた。
つきあげた餅を平らに伸ばして広げてある台の辺りに、
猿が出たらしく、餅を盗んで木陰で食べているのだが、
それが母子猿で、
赤ん坊を背に負った姿がどうにも憎めないという。

 このような時は、直ぐに三郎が来る。

 「畏れながら、若殿」

 「あい分かった。猿が出た、見に来いと言うのであろう」

 「ははっ、仰せの通りでございます!」

 いかにも仙千代が可愛くてたまらぬという風情の父と
共に過ごすことは苦痛だった。

 渡りに舟と、信重は三郎と場を後にした。

 そこには、清須の甲冑商、玉越の息子も居た。




 


 


 

 
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