第257話 側近団の朝餉(2)

文字数 1,411文字

 今川氏真(うじざね)は何が為、上洛するのか……

 信長の速度に合わせ、飯を終える為、
仙千代も最後、湯漬けにし、主より先に食べ終えた。
仙千代は食べ盛りなので食す量が幾らか多い。
しかし信長より長く食べているわけにはいかず、
最後はいつも慌て気味になるのだった。
 隣を見ると、竹丸も既に箸を置いていた。

 「仙千代」

 「はっ!」

 氏真が京へ上がるに際し、
単に物見遊山だとは思われず、
その件に関して末席の仙千代に問うことで、
仙千代の見解が的を射ているのか否か、
確かめる心積もりで信長が声を掛けたと仙千代は解し、
答を胸中に用意した。

 信長は笑いを堪えている。
信長の表情に気付いた側近衆も仙千代を見、
苦笑いやら微苦笑やら浮かべている。

 何だ?氏真の話ではないのか?
皆々方、何ゆえ、儂を笑っておるのか……

 隣の竹丸が、

 「ここ、ここ!」

 と竹丸自身の右襟を指した。

 仙千代が右の襟を触ってみると、
梅干しの種が付いていた。
 急いで取って膳に置いた。

 「はっ、恐れ入ります!」

 「明日から仙は、
握り飯にすることじゃな、朝餉を。
さすれば十分満腹に、
慌てず食すことができるであろう」

 「ははっ!ありがたく存じます!」

 握り飯なら今の倍は早く同量を食べられると算段し、
仙千代は信長に礼を述べた。

 「何だ、仙、真に受けたのか」

 「えっ!そうではないのですか?」

 信長は大きく笑った。

 「仕方のない奴だ。
まったく仙千代は、まったく」

 信長の笑いが止まらないので、一同も倣って(ならって)笑った。
仙千代は恥ずかしさで全身赤くなる思いでいる。
竹丸だけは友達甲斐か、笑いを殺している。

 「まあ、良い。
仙千代がその方が助かると言うのなら、
朝餉を握り飯にすれば良い。竹もそうするか?」

 「いえ、私は仙千代のようなことはございません。
梅干しの種を襟に付けるなど、
左様な見苦しい真似、生涯一度もございません、
実に手のかからぬ子だと、
誰にも言われた神童であります故」

 「ほお、幼児(おさなご)の際にか」

 信長はまたも笑いを堪え、竹丸に言った。

 「はっ、生を受けたと同時、
二足(にそく)で歩いて厠に行きましてございます」

 涼しい顔で竹丸は答えた。

 「ふうむ、儂にはそうとは思われぬがな。
竹が生まれて暫くの後、
偶さか(たまさか)何処ぞで見掛けた時、
それこそ梅干しのように皺くちゃの顔をして、
泣きじゃくっておったぞ、嬰児籠(いじこ)の中で。
どうやら小便で御湿(おしめ)が濡れておったらしい」

 「そ、それは私ではございませぬ」

 「左様か。それなら良い。
どうやら竹は双子であったのであろうよ」

 「違います、
長谷川家の男児は私だけでございます」

 焦ってみせる竹丸に菅屋長頼が足した。

 「いやいや、分からぬ。
竹の上に大竹、下に小竹が居るやもしれぬぞ」

 「長谷川家の(しん)の竹は私だけ、
私こそ真竹(まだけ)でございます!」

 竹丸のひとつ上席に居た堀秀政が、

 「上手いぞ、竹!よう言うた」

 と入ると、今度は大きく年嵩の矢部家定が、

 「仙も何か言い足りないような顔をしておる」

 と、ただ聞き役に回っていた仙千代に急に振り、
悪戯っぽい笑顔を向けた。

 矢部様の悪戯好きは毎度のこととはいえ、
また今朝も……

 仙千代は、先程の秀政の言葉、

 「上手いぞ、竹」

 に引っ掛け、無理に答えを押し出した。

 「竹は美味いものでございます、
この季節、最も美味いのが(竹の子)でございます」

 信長が満悦を浮かべ、今一度、破顔した。
皆がいっそう和気藹々(わきあいあい)となったところで、
仙千代の名がふたたび呼ばれた。

 


 

 

 


 

 


 



 
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