第326話 帰郷(14)

文字数 1,748文字

 やがて、門の向こうに人影が現れた。

 巨きな影がぬうと動いて、
のすっと屋敷に入って来たその主は、
齢は仙千代よりも五つ、六つほど上か、
二十歳を少し過ぎたあたりであろうに、
何やら古武士の趣さえあって、
一見茫洋とした面立ちながら、
もし斬りかかったならば、
刃を抜かずとも、
容易にはね返されてしまいそうな、
揺るぎない芯を感じさせた。

 「おお、源吾殿!」

 源吾と呼ばれた若者は笑んだのかもしれないが、
いったん立ち止まり、顎を引いて目礼をした際、
一瞬ぬふっと頬を緩めただけで、
実のところ、
笑ったと見えただけなのかもしれなかった。

 源吾の従者である若い小者も、
門外で万見父子に目礼をし、
やがて馬に水でも飲ませにいくのか、
近くを流れる川の方へゆっくり去った。

 父は仙千代には、

 「急くでない」

 などと言っていたのに、若武者を認めると、
走りこそしないが、
不自由な脚の歩みを速め、出迎えた。

 源吾は父の待望の人物なのだと、
仙千代に伝わった。

 牛のような男だな……

 四角い顔、四角張った体躯、大きな足、
御丁寧に目の形まで何やら四角く見えた。
 だが、黒目がちな瞳は落ち着いていて、
この牛には、
牛頭天王のような神性とまではいかないにせよ、
不思議と心惹かれるものがあった。

 青年は近藤源吾重勝といい、
仙千代の実家に繋がる鯏浦(うぐいうら)神子田(みこだ)家の縁者なのだと父が話した。

 引き合わされた二人は互いの目を見て、
挨拶を交わした。

 「御父君に呼ばれ、参上仕りました。
近藤源吾重勝でござる」

 「万見仙千代と申す。
早朝より御足労願い、感謝致しまする」

 「牛」を招いた父の真意を知らされたわけではなかったが、
想像はついた。

 彦七郎を交えた四人は、
万見邸の書院に移った。

 聞けば、
鯏浦神子田家の前当主の再従兄弟(はとこ)の二男が重勝で、
仙千代と重勝は、
遥か遠縁ながら同じ血脈を有する仲だった。
 近藤家は、
三河と尾張をまたがって流れる境川沿いに領地を有していたが、
本来、松平の地である三河が、
織田と今川の草刈り場のようになって、
猫の眼のように支配者が変わる中で近藤家は力を失い没落し、
閨閥を通して鯏浦神子田家の臣下となっていた。
 近藤の家督を継いだ重勝の兄は、
神子田家の禄を食んでいる。

 仙千代と重勝は今日が初面識だった。

 父の説明によれば、万見の本家筋には現段階、
仙千代の許に出仕可能な者が居らず、
万見の伯父が鯏浦の神子田家に話を持ってゆき、
神子田家の口添えで、
重勝に白羽の矢が立ったということだった。

 「父上は源吾殿を見知っておられたのですか」

 「一昨年であったか、
神子田家の法事で源吾殿をお見掛けし、
体格、立ち居振る舞いが強く印象にあって、
いつの日か、
仙が一家を成すお許しが出たのなら、
斯様な若者が仙の側に居てくれれば心強いと、
密かに願っておった。
万見の兄は、神子田家に掛け合って、
かつて我が家に仙千代を連れてきてくれた。
此度はまた、源吾殿をお連れくださった。
この後、我ら全員、
万見本家へ顔を出さねばなるまいぞ。
伯父上が、仙千代と源吾殿が並ぶ姿を楽しみに、
首を長くして待っておられる」

 仙千代と重勝の意志確認はされぬまま話は進み、
重勝は仙千代の家臣となっていた。
 正式には信長の許可を得ねばならないが、
神子田家や万見家がそうであったように、
近藤家も織田家との間に何ら紛糾の歴は無かった。

 重勝は(なり)が大きく、六尺はあるかと思われた。
そのような大男は、
前田利家ぐらいしか見たことがなく、
仙千代は内心、

 源吾が傍に居れば、源吾が儂の目印か……

 と、二人並んだ図を思い描き、
ふっと笑えた。

 仙千代は笑いを噛み殺したつもりでいたが、
ふと見た重勝の瞳にも笑みの星が煌めいた気がした。

 源吾は何を笑ったんだろう、
儂の目印になった絵を想像したのか?
まさか、それはあるまい……
何にせよ、口の重い男だ……

 仙千代の生家筋である神子田家と縁続きであって、
同じ血が流れ、武門の家柄に育った重勝は、
それだけでも仙千代にとり、
頼もしい存在だったが、
重勝の独特な風情風貌を仙千代は嫌ではなかった。

 万見本家へ出向き、伯父に挨拶をして、
今回の骨折りへの礼を述べると、
暫しの談笑後、

 「簡単ではあるが、中食(なかじき)の用意がある故、
食べてゆかれよ」

 と勧められ、全員で軽く昼を食した。

 

 




 



 



 



 

 

 

 
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