第402話 仏法僧の夜(1)獲物

文字数 1,796文字

 千三百年の歴史を持つ古刹、
鳳来寺を擁する深山の麓 志多羅原(したらがはら)は、
日が沈むと森の仙鳥 仏法僧(ぶっぽうそう)の声が聴かれた。
 
 仏法僧のみならず様々な鳥や(かわず)
螻蛄(おけら)も加わり賑やかなのだが、
夜の(とばり)が下りると仏法僧は、
ひときわ美しい澄んだ囀り(さえずり)で、
耳を楽しませてくれた。

 「ブッ、ポゥ、ソウと鳴いているというのだが、
儂にはそうとは聴こえぬ」

 と仙千代に言ったのは三郎だった。

 「ヒュウ、フッ、フウゥというような」

 今夜、
信長主催の祝宴が、
茶臼山本陣で行われることになった。
 手伝いで、
三郎や勝丸もやって来ていて、
他の小姓や小者(こもの)達に指示を与えてあるので、
ちょっとした合間に仙千代は三郎と話した。

 口を尖らせてヒュウッと真似た三郎に、

 「下手じゃな。これが手本じゃ」

 と言って仙千代が口笛で鳴いてみせた。

 「おお、それだ、それだ。
上手い上手い!」

 「それにしても仏法僧とは、
有り難い名前の鳥だな」

 「何とか捕まえて、
上様や若殿に召し上がっていただくことが、
出来ぬものかなあ」

 「仏法僧を食すのか」

 「そうじゃ、唐土(もろこし)や朝鮮では、
不思議な力を宿した霊鳥として貴人に献上され、
体に取り込んで霊力を得るということなのだ」

 「ほう、よう知っておる。
やはり三郎は食い物には詳しいなあ」

 何を言うかという顔で三郎は、

 「違う、そうではない、
儂は博識なのだ。
これは食い物の話ではないのだ、
霊験あらたかな鳥の、
薬効について語っているのだ」

 と仙千代を睨んだ。

 「ふうむ、なるほど」

 仙千代が適当な返事をして、
三郎の機嫌を損ねていると、
今回織田軍で初めて働いた近藤源吾重勝が現れた。

 「驚くではないか、のそっと、また」

 重勝は大柄で、
仙千代が知る中では前田利家に匹敵する体格だった。
 だが、静かな男で、
体格が煩さに繋がる風ではなかった。
 その為に、
ぬっと出現したかのような印象を毎度抱く。

 「申し訳ございませぬ」

 謝ることでもないのに、
これもまた毎回重勝は詫び、
かといって本心から詫びているのではないことも、
仙千代には伝わる。
 ぬうっと現れたと言ってはいつも驚く仙千代が、
むしろ悪いと主従が共に知っている。

 三郎が重勝の手元を指した。

 「ややっ!源吾殿!その鳥は!」

 仙千代も目を剥いた。

 「仏法僧か!」

 「さあ、どうなのでしょう、
存じませぬ。
鳥には違いありませぬ。
今宵の酒宴の肴になればと」

 矢で射られた鳥は、
茶色の羽の小型の(ふくろう)だった。

 聞けば、重勝は、
信長が武田兵の追討を打ち切ったので、
山間(やまあい)から下って、
原を目指していたところ、
頭上に声を聴き、矢を射って、
打ち落としたのだという。

 美濃は加納出身の勝丸がやって来た。

 「源吾殿、御手柄にございます!」

 加納は平地だが、
勝丸の遠縁に鷹匠が居て、
信忠に出仕するまで、
実は勝丸は鷹匠に成ろうと思い、
師と仰ぐその者と共に山へ、
よく分け入っていたのだという。

 「これはコノハズクというのです。
本当の仏法僧は夏姿が群青の羽で美麗なのですが、
ほんに聞き苦しい声でゲッ、ゲッとしか鳴かぬのです。
この鳥は澄んだ鳴き声でしたか」

 「よう分かりませぬが、
嫌な声ではございませんでした」

 すると三郎が、

 「仙、先程の口笛、あれじゃ、あれ、
吹いてみせよ」

 「ああ、これか?」

 仙千代が鳴き真似をすると、
重勝が、

 「そう、それでござる。
左様な声でヒュルルッと囀り申した」

 重勝以外、全員で同時に叫んだ。

 「仏法僧だ!」

 「仏法僧!」

 「霊鳥、仏法僧!」

 仙千代達が何を小躍りしているのか、
重勝はさっぱり分からぬという風情だった。

 勝丸が、

 「夜に動く、注意深い鳥ですゆえ、
夕暮れ時に、
しかも原の近くで射止められるとは、
まず、滅多にないことでござる。
大勝利の夕に、
斯様に珍奇な獲物を仕留められるとは、
源吾殿は神の御加護か、
運が強くていらっしゃる!
 仙様は素晴らしい御家来を、
縁者に持たれましたね!」

 と、半ば意味不明の興奮を見せた。

 三郎が、

 「若殿……いや、違った、
上様にまず御覧いただき、
さっと塩を振り、
焼いて献上致しましょう!
貴重な獲物ですゆえ、
若輩者に任せ、焦がしでもしたら、
目も当てられませぬ。
ここはやっぱりこの儂が!
そこらに山椒でも生えておらぬかのう、
焼いた鳥には山椒が合うのじゃ」

 と、これもまた興奮して、
張り切りを見せた。

 仙千代と重勝は顔を見合わせ、
二人で少しだけ、苦笑いをこぼした。


 



 

 






 


 

 



 







 
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