第206話 覇権と血脈(3)

文字数 833文字

 「いつか儂ら、
岩村殿に御目にかかることがあるだろうか」

 と、仙千代が言うと、

 「あったら良いなあ。
織田家の天下が安泰となり、
御坊丸様が無事、岩村城主となられた暁には、
鷹狩り、湯治で東美濃へ、
若殿の御伴で行ってみたいものだ……」

 と、三郎が繋いだ。

 現実は昨年、
快進撃を続ける武田信玄が存命中、
武田勢の武将である秋山虎繁が岩村城を取り囲み、
艶姫は信長の五男 御坊丸の命を護る為、
降伏せざるを得ず、
信玄の命により虎繁が岩村城主となると、
御坊丸は敵国 甲斐へ送られ、
残った艶姫は虎繁との婚姻を受容せざるをえず、
武田方の重臣の正室となっていた。

 武田家に留め置かれている御坊丸様は、
若殿の異母弟(おとうと)君……
武田の松姫様は、かつて御実家で、
織田家御嫡男御正室御預かりという身分であられ、
若殿と親しく手紙(ふみ)を交わされていた御方……
必ずや御坊丸様を大切にしてくださっているはず、
御坊丸様の為には松姫様が居てくださって、
本当に良かった……

 戦国の世の人の結び付きの複雑さ、
奇怪さを如実に表すかのような艶姫の宿命、
御坊丸の運命だった。

 乱世の浮沈の縮図を確と(しかと)知りつつも、
仙千代、竹丸、三郎は、今は明るく語った。
 
 「御坊丸様が兄君であらせられる若殿を、
鷹狩りや湯治で岩村の城へお迎えできるとなれば、
弟君にとって名誉なことこの上ない。
そんな日が来ると良い。いつかきっと」

 竹丸も二人に同調し、夢を結んだ。

 信長が天下布武を掲げ、覇権を目指す途上、
未だ若い身の上で、大野殿も小谷殿も夫を喪い、
岐阜の城に身を寄せている。
 信長の子、御坊丸を養子に迎え、
国を守らんと女城主を務めた岩村殿も、
今では敵方の正室となった。

 仙千代は、ふと考えた。

 殿も、姫様方も、お子様方も、
いったい誰が幸せだろう?
 誰もが痛みを覚えながら生きている……
このような世はもうたくさんだ、
殿の天下統一が一日も早く成りますように……
一日も早く……

 竹丸、三郎共に、
仙千代と同じ心でいることは間違いなかった。
 





 

 

 

 

 


 



 
 






 


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