第425話 仙鳥の宴(11)秀吉贔屓⑦

文字数 1,255文字

 秀吉の熱情に、
仙千代は敢えて静穏に振る舞った。

 「明智様の知行、坂本は、
良質な石の産地。
また石工集団、穴太衆(あのうしゅう)の郷。
御承知であられましょうが、
畿内は採石に適した地が少のうございます。
明智様が普請に大きく寄与なさるであろうこと、
これは誰にも止められませぬ」

 「まさに!
よう言うてくださった!
それも儂は気に食わんかった。
穴太衆は神社仏閣、城郭普請に欠かせぬ存在。
それをですな、明智が今や、
自らが育てたかのような顏をして使うておる。
けしからん。実にけしからん。
湖西の水利で大儲けして、
日に日に力を蓄えよる明智、
まこと小癪に障り、面白のうて」

 仙千代は重ねて繰り出した。

 「なれど羽柴様の御城下には、
何と国友が。
今や戦の主役は鉄砲にて、
匠集団の国友を、
上様は羽柴様にお与えになられたも同然。
これ程の御信任、他にありましょうか」

 「左様左様!左様でござる!」

 秀吉はまたも仙千代の両手を、
やはり両手で包み、握って上下に振った。

 「それはもう泣けるほど、
嬉しかった。
いや、儂は泣いた。
上様の(いみな)の一文字を頂戴し、
長浜と名付けた我が領地は鉄砲の郷を擁し、
しかも坂本に負けぬ水利を抱いた地。
恩顧がひたすら有り難く、
上様の()わす方向に、
足を向けて休んだことは一夜とござらん」

 信長の居所を夜毎知ることは無かろうに、
大袈裟も大袈裟で、
こうなると秀吉の役者ぶりが滑稽を通り越し、
清々しくさえあった。

 篝火の向こうに目を遣ると、
石田佐吉が全身を耳にしているのは明らかながら、
無表情を装って、
足元の石をつま先で弄ぶ真似をしていた。

 そろそろ上様がお戻りの頃……
これで打ち切ろう……

 「羽柴様、少々痛うございます」

 ぐっと握られたままの手に、
困惑気に視線を落とすと、

 「御無礼仕った!
上様の御宝に許可も無しに触れてしもうた。
御赦しくだされ」

 と慌てて離した。

 仙千代は一瞬笑んだ後、
柔らかに真顔に戻した。

 「御城は天下布武の集大成。
これは間違いござらぬ。
家臣一同、
名城の礎となる覚悟で臨まねばなりませぬ。
羽柴様の熱に触れ、
あらためて肝に銘じましてございます」

 「我が意を得たり!
この藤吉郎、
如何なる困難も超えてみせる所存!」

 仙千代は目を潤ませた。

 「今宵、
胸襟を開き、語り合う一遇に恵まれ、
忘れ得ぬ夜になりましてございます」

 仙千代はけして大柄ではないが、
秀吉の背丈は如何にも小さく、
幾らか見下ろす形になった。

 「仙殿の御推挙あれば、
枕を高うして寝られまするな!」

 秀吉の笑顔が弾けた。

 仙千代は何も約していないが、
信長の近侍と築城に付いて、
他に先んじて語ったことにより、
秀吉は興奮し、先走っている。

 喜んだ秀吉は、
ずばり切り込んだきた。

 「仙殿、場所は何処でござるかな」

 どのみち秀吉の目論見は当たっている。

 「天下統一の御印(おしるし)の城。
上様の功績を称えるに適う地は、
そうそうござらぬ。
天下人の居城は平安楽土でなければなりませぬ」

 「安」と「土」を仙千代は、
意識を強めて発声した。

 秀吉の目が輝く。

 「安土山、ですな!」

 仙千代は微笑んだ。

 
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