第244話 竹の花(5)

文字数 1,059文字

 「養母(はは)や姉、妹を、
そのような目に遭わせはすまい、決してと」

 「当たり前じゃ。ゆえに勝たねばならぬ」

 「それを言いとうございました。
いくら心に錦を抱いていようとも、
我が母や姉妹が、
(むしろ)を被って風雪を凌ぐなど、耐えられませぬ」

 「うむ」

 「負けるは嫌でございます。
撤退戦もありましょう、
勝負のつかぬこともありましょう、
なれど最後は必ず殿が勝利を収める。
それが仙千代の願いでございます」

 仙千代は、
発した息が信長の顔に当たって、
そのまま返ってくるほどの距離で視線を外さず、
言った。

 本心からの言葉だったが、
思いのほか、
信長の情欲に火を点けてしまったらしく、

 「何を言っても愛い(うい)奴じゃ!」

 「んあ!」

 突然、強く抱かれ、
見境のない口付けを顔中に浴びせられた。

 「仙千代、仙千代!」

 「ああっ、殿!」

 仙千代も信長の背に回した手に力をこめた。

 「今一度、見たい、仙千代の乱れる様を」

 「乱れてなど……」

 信長が腰を密着させてくる。
仙千代も脚を絡めた。

 「乱れるのじゃ、
乱れて儂を蕩けさせるのじゃ、いつものように……
いつも以上に……」

 「殿!」……

 ……信長との一夜については口にしないが、
服部一族の凋落について仙千代と信長との間で、
話が交わされたことは事実として既にあった。

 坂井利貞は仙千代の肩を左手でぐいぐい抱き、

 「殿の御血筋衆の敵討ちには、
仙千代、共に参ろうぞ!」

 と雄叫びに近い声を張り上げ、
時に涙を流し、合間には酒を飲む。

 「これ、分かっておるのか、仙千代」

 「分かっております、おりますとも」

 「如何に分かっておるのだ」

 「坂井様が仇討ちの折には万見仙千代、
必ずや助太刀申し上げまする!」

 「おお、左様か!嬉しいぞ、仙千代!
よし、今から出陣じゃ!
それ!えいえい!」

 利貞は酒癖が良くないとは聞いていたが、
怒り上戸ではなく、陽気なことが救いではあった。

 仙千代は拳を突き上げ、応じた。

 「おーっ!」

 これが三回、繰り返された。

 「おや、何処へ行かれる、仙千代殿」

 何とか腕を振りほどき、仙千代は立った。

 「槍、刀剣、鉄砲、大鉄砲、
何かと準備がございます。
この万見、坂井様の命を受け、
直ちに調べて参ります!」

 「うむ!任せたぞ!」

 と言いつつ、またも盃を口へ運ぶ利貞だった。
 この度の街道整備の四人の奉行の最も上席で、
日頃は冗談もほとんど言わない真面目一方の利貞が、
酔いも酔ったり、
仙千代に素っ頓狂な絡みを見せて、
座の全員が困惑しつつも楽しんで笑っていた。

 仙千代は他の奉行や近侍達に目礼をして、
部屋を出た。



 

 



 








 





 
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