第381話 志多羅での軍議(15)餞別②

文字数 1,389文字

 「あっ!」

 藤助の目が最大になった。

 「これは!
ややっ!石蜜でござるか?」

 「左様でござる!
氷砂糖とも言いまする」

 「おお、石英のような!
話には聞いたことがあり申したが、
現物はお初にて!
岩のようでございますなあ!」

 仙千代はニコッとした。

 「口に甘い岩ですよ」

 「溶けまするのか?」

 「溶けますとも。蜜のように」

 喩えれば(たとえれば)
生まれたばかりの赤子を見るような眼差しで藤助は、
包みの氷砂糖を見直して、
次に仙千代に、何故これを自分にという、
不思議を浮かべた面立ちを向けた。

 「夜間の行軍の栄えある案内(あない)役。
今宵、八千の部隊の先頭が豊田殿。
名誉の上にも名誉とはいえ、
緊張は一入(ひとしお)でありましょう。
石蜜は口中で持ちます故、
疲労の回復に、是非にも!」

 藤助は押し頂いて、

 「勿体無うて(のうて)
口に入れられませぬのん!
飾っておきたいような美しさだのん!
勿体のうて、勿体のうて」

 と、東三河のお国言葉を交え、
有り難がった。
 氷砂糖は主に唐土(もろこし)からやってくる、
貴重な舶来品だった。

 「勿体ないと言うて飾っておけば、
蟻の餌食になってしまいますのん!」

 仙千代がにわかで三河言葉を真似ると、
藤助は顏をくしゃくしゃにして笑んだ。

 「斯様に石のようでも、
蟻が食いまするか!」

 仙千代は藤助が馬上の人となるよう、

 「さ!もういらして下され!
酒井様はじめ、御歴々が、
豊田殿を待っておられますぞ!」

 と、促した。

 それでも藤助は数回、謝意を述べ、
一度は振り返り、
ようやく急ぎ、坂を下って行った。

 仙千代は氷砂糖の袋の中に、
信長が藤助に酒を注いだ盃を忍ばせておいた。
 藤助の身分で、信長に会うことが、
この後、果たして有るのか無いのか。
 だが、信長の御前に出でて(いでて)
自前の図をもとに策戦を述べ奉るなど、
おそらく生涯に無二のことであるのは、
明白だった。
 氷砂糖を食べ進めれば、
家宝ともなろう、記念の盃が現れて、
藤助の疲れを吹き飛ばし、
奮い立たせると仙千代は思った。

 誰からのものだとは特に告げることなく、
柴田勝家、羽柴秀吉らの小姓に配った氷砂糖も、
今夜のそれも、
仙千代が折を見ては集めていたもので、
砂糖、特に氷砂糖は非常に高価、
入手困難な貴重品であって、
民百姓であれば存在すら知らぬであろうし、
大将であっても、
なかなかに目にすることのない珍宝の味覚と言えた。
 仙千代は機会があれば逃さずに自前で買い求め、
自らは食すことなく、保存して、
何かという時に誰となく、
とりわけ、若輩や、
砂糖を日頃見ることのないような者に与えようと、
用意していた。

 仙千代が藤助を見送ると、
信忠を待つ三郎と勝丸が、背に立っていた。

 「あれは何じゃ?仙千代。
感激しておられたなあ、豊田殿」

 と、三郎。

 「仙様、油紙といえば、
中身は膏薬(こうやく)ですか」

 というのは勝丸で、
勝丸は仙千代を、
亡き清三郎を真似て仙様と呼ぶのだった。

 「そうじゃ、似たようなものじゃ。
仙様特性の萬金丹。
食せばたちどころに万病が治る」

 すると三郎が、

 「儂も欲しいぞ、仙千代。
白うて甘い、よう効く萬金丹なのであろう!」

 それで察した勝丸も、

 「ああ、腹が痛い。いたた!
仙様、萬金丹、早う早う」

 と大口を開け、仙千代に向いたので、
仙千代は、

 「これでも食っておけ」

 と、石を拾って勝丸の口に入れた。

 勝丸は、

 「歯が欠け申す!」

 と、文句を言い、
 仙千代と三郎は見合って、笑った。

 


 


 

 






 

 

 
 

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み