第197話 清からの「宿題」(1)

文字数 1,000文字

 信長が大きな使命を負う中で、
主君に従い、傍で仕える仙千代、竹丸らも、
多くを見聞きし、教わり、吸収し、助け、働いた。
 
 その一方、仙千代には「宿題」があった。
清三郎が完成させ得なかった鎧櫃(よろいびつ)を、
仕上げる役を帯びていると仙千代は考えていた。

 清三郎は信忠に捧げると言い、
(いとま)をみては城の古井戸で鎧櫃を少しづつ作っていた。
 鎧櫃の意匠やその意味を説かれ、聞いたのは、
おそらく仙千代だけだった。
 清三郎亡き今、
作り上げる役を負うのは自分しかいないと仙千代は思った。

 とはいえ、木工や金具の細工、漆塗り作業、
金粉を塗すなど、
清三郎は武具甲冑商の家の生まれで、
門前の小僧よろしく、
それらも見様見真似でお手の物かもしれないが、
仙千代にはちんぷんかんぷんで、
どうにかこうにか桐の箱体は造り、
表面を(やすり)で滑らかにするまでは行ったが、
漆塗り、金具細工は技術が要って、
材料集めからして手こずっていた。

 それでも、慣れない作業に勤しんでいると、

 「まだ途中なのですが、長島征伐が済んで、
こちらへ戻れば完成させます」

 と言った清三郎の声がふと聞こえ、

 よし、頑張るぞ、必ず仕上げてみせる!……

 と、仙千代は励まされているような気がした。
 
 信忠にどのような形で渡すのか、
どのようにすれば受け取ってくれるのか、
今は考えないようにした。
 ただ、清三郎の遺志に応えたかった。

 清三郎の言葉が蘇る。

 「箱は漆を緑で塗り込め、四隅と取っ手は金具、
家紋は金で入れたく思っております、木瓜紋を」

 「緑の色は若葉のように旺盛な生命を祈り、
家紋の金は織田家の天下統一の願いを込め、
決めましてございます」……

 侍に成ることが叶い、喜び、
紫陽花の咲く古井戸で一人、
主君に捧げる感謝の品を作っていた清三郎の姿は、
今にして思えば、儚い佇まいがあった。

 いや、そうではない……
清三郎の死の結果を見てそんな風に思うだけだ、
(せい)は命の限り生き、生命の炎を燃やした、
この鎧櫃に触れている時、清は確かに幸せだった……

 紫陽花の花骸(はなむくろ)がこちらを見ていた。

 梅雨だった……
空に雲が垂れ込めて、
紫陽花が薄紫に咲いていた……
儂と(せい)をあの時、見ていた……

 天を仰いだ。
秋の澄んだ蒼空があった。

 堪えても涙が溢れ、自分で自分の頭を殴った。

 「馬鹿者、こんな涙は清が喜ばん!
馬鹿な仙千代、大馬鹿じゃ」

 鼻水もこぼれ、小さな子供のように手の甲で拭った。

 気付くと、背後に竹丸が居た。

 




 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み