第215話 宴の残照(1)

文字数 1,161文字

 荒木村重は、
信長に反旗を翻した伊丹親興(いたみちかおき)を討ち取った功績で、
親興の所領であった伊丹の統治と城の復興復旧を認められ、
小規模ながらも格式のある酒宴を供されて、
機嫌も最高潮に京を後にしていった。

 下克上で伸し上がった村重を、
信長は警戒しないでもなかったが、
戦乱の世でそれぐらいの器量がなければ、
召し抱える意味もないことだった。

 村重が帰った後、
寝所で就寝前の支度を済ませた信長は、
竹丸と勝九郎は下がらせ、仙千代と二人になると、
襖が閉められるや否や、直ぐに口を吸ってきて、
それがまた激しく執拗だった。

 座して慎ましくしていた仙千代を引き寄せ、
両手で仙千代の顔を包み、
舌をぐいぐいと仙千代の口中に押し込み、
仙千代が眉根をひそめて、

 「殿、いっ、息が苦しい、
どうされたのです、ううっ、息が……」

 と苦悶を見せても収まらない。

 「仙千代!仙千代!」

 「んんっ、はっ、はい、居ります、ここに。
んん、苦しゅうございます、んっ!……」

 信長は口を塞ぐ勢いで接吻し、
仙千代が逃れようとしても構わず身を押し付けてくる。

 「どう……なさったのです……んんっ……」

 互いの呼吸を合わせることをせず、
ひたすら激情を浴びせかけてくる。

 「仙千代!……」

 褥に倒され、信長の局所が股間に当たると、
熱く滾り切って(たぎりきって)いた。

 仙千代、仙千代と名を呼びながら、
着物の裾から手を入れて下帯の中を弄って(まさぐって)くる。

 信長が少しばかり驚いた表情をした。

 「仙千代」

 「はい」

 「盛っておらぬではないか」

 信長が拗ねたように言う。
仙千代は仙千代で言い返した。

 「ただ驚いております。殿が突然あのように」

 「分からぬのか、儂の思いが」

 「さあ」

 長島から岐阜へ戻った後、信長は子作りに忙しく、
仙千代達、小姓を閨房へ呼ぶことはなかった。
戦国大名にとって子は力であって、
一人でも多く成し、
組織を支える礎とすることは義務でもあった。
 それにしても今回、畿内へ出陣したことで、
このところ度々、
仙千代は信長の褥を温めているのだから、
その熱情は謎だった。

 「さあ、とはまた。憎らしい」

 「殿の御叱りを受けるようなこと、致しておりませぬ」

 不貞腐れたように口を尖らすと、

 「ううむ、その口元、それが魔性じゃ。
吸ってくれと誘っておる」

 ふたたび接吻の嵐が始まって、

 「誘ってなど……んん!んんん……
苦しゅう……ございまする……」

 と仙千代が洩らそうが、

 「仙、仙!……」

 と頬を両の手で挟んで口吸いを続け、
仙千代が、

 「んん、息が、もう息が……」

 と嫌々をするように顔を必死に背けると、
暫しの後、正気を取り戻したように、
ようやく態度を落ち着かせ、
いつもの信長になり、
胸へ優しく仙千代を抱き寄せ、間近で見詰めた。

 愛欲の炎を消し去ったわけではないのだろうが、
今は仙千代を見る目に慈しみが満ちている。

 
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