第200話 清からの「宿題」(4)

文字数 856文字

 竹丸は懐紙を拾い、
弄ぶでもなく弄び、最後、ぽんっと仙千代に投げた。
 仙千代が受け取ると、竹丸は続けた。

 「仙はとりたてて興味を持っておらぬから知らぬだろうが、
儂はこの城でも普請の現場によく顔を出しておるから、
職人に知った顔が少なくなく居る。
この後、鎧櫃を作るに出来ぬことがあるのなら、
金細工(かなざいく)でも塗り物でも何なりと言え。
御殿造営に携わる者達だ、
鎧櫃の一つや二つ、何でもない」

 仙千代の瞳が輝いた。
清三郎の鎧櫃(よろいびつ)を仕上げると、
最初から相談すれば良かったのかもしれないが、
政務に忙しい信長の補助で、
この頃、仙千代や竹丸は先達の近習らと共に、
これもまた、忙しかった。
 尾張美濃という本領地内の範囲では、
それら務めに伴って、
側近親衛隊である馬廻り達と一泊や二泊で出掛けることもあり、
その合間に尚、
時間を割くようなことを頼もうとは、
思い浮かばなかった。

 「うむ、有り難い。なれど……」

 つまらない意地なのかもしれないが、
仙千代は心に浮かんだ思いを口にした。

 「自分で仕上げたいのだ。何とか自分で」

 竹丸は快活な反応をした。

 「もちろんだ。
職人達に教えを乞うて、材料を揃え、
あとは仙がすれば良い。
とはいえ、儂や三郎が手伝う分には良いであろう?」

 願ってもない申し出に仙千代の瞳が潤んだ。

 「ほれ、今の今、泣こうとしておる!
仙、涙が落ちるぞ」

 「違う、これは涙ではない、これは目の汗なのだ」

 「それを涙と言うのだ」

 「竹、感謝する!かたじけない!
これできっと完成できる!感謝しかない!」

 結局、仙千代は泣いた。
竹丸の友愛が身に沁みて、涙が零れた。

 それからの日々、
漆塗りや金細工、金粉加工を、
竹丸の手配で職人に教わり、材料を揃え、
三郎も加わって、鎧櫃は完成となった。

 仙千代のみならず、竹丸も三郎も、
例えば、鎧を入れる箱ひとつすら、
多くの手間や知恵が生かされており、
武士の命も数多の知恵の結晶で護られているのだと、
身をもって知った。
 慣れない工程ばかりで苦労はあったが、
三人にとり、
少なくないことを学んだ鎧櫃(よろいびつ)造りの日々だった。




 
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