第253話 垂井の竹林(5)

文字数 1,630文字

 粉雪が舞う寒風の中、身綺麗になって、
あてがわれた部屋へ行くと、
勝九郎が囲炉裏に火を熾し(おこし)、何やら鍋も温めていた。

 「囲炉裏が有って良かった。
これで着物も乾かせる」

 旅支度で着物は手元に数枚用意があったが、
先に出立した小者達が多くの荷を先遣隊で運んでいるので、
着ているものが汚れれば、
次への備えで洗って乾かす必要があった。

 「ああ、暖かい!」

 仙千代と竹丸は着物を干し、
火にあたった。

 「国司殿が餅や(しし)の汁を用意してくださった。
頂くとしよう」

 勝九郎は網に餅を広げ、器用に焼いていく。
他の小姓達も別の部屋で同じように、
夕餉を頂戴しているという。

 「殿はもう休まれたのか?」

 「つい先程な」

 確かに、
旅の宿を提供してくれた有力者の屋敷で、
大声は出すわ、ふざけ合って泥だらけになるわ、
褒められたことではなかった。
 
 若輩の者達の手本とならねばならない立場で、
とんだ失態を見せてしまった……
儂にはどうもそのようなところがある、
この素っ頓狂な(へき)を直さねば、
とても出世を望めはしない……

 ふと気付くと、竹丸の手の甲に擦り傷があった。
仙千代が転倒させた時、負った傷に違いなかった。
 仙千代自身、頬がヒリヒリする。
信長が来て、竹丸が慌てて立った際、
地面に転がされたせいだった。

 恋の痛手の竹を慰めておったはずが、
最後は二人で怪我をして、
しかも、殿に叱られ……

 竹丸も同じように考えていたのか、
仙千代と目が合うと、
仕方なさそうな微苦笑を返した。

 「この餅は美味いな。ヨモギの風味が絶妙だ。
大豆入りの餅も上手にできておる」

 仙千代が言うと、勝九郎が、

 「嫁入り前の慌ただしい中、
国司殿の娘御が御女中達を総動員して、
こさえておいてくれたものなのだそうだ。
我が殿が宿泊されるとなれば、
一族あげて一世一代の晴れ舞台。
嫁していく娘の、父を思う気持ちであろうな。
娘御の孝行心、せいぜい噛み締めねば」

 と語った。

 「感謝のこもった餅なのだな」

 と仙千代は勝九郎に応じつつ、

 自ら餅を作っても、
竹に伝わるかどうか分からないのに、
何とまた、温かな心根の娘御なのか……
これは娘が竹に捧げた餅……
その真心、一等級じゃ……

 と、味わっている猪汁(ししじる)の塩気が増した気がした。

 竹、また泣くか?
感極まって、号泣するのか?……

 仙千代でさえ視界が潤むのだから、
竹丸が案じられ、恐々(こわごわ)ちらっと見ると、
竹丸は餅を頬張り、勢い良く汁を啜って(すすって)

 「お代わり!」

 と勝九郎にぐいっと椀を差し出した。

 「よう食うなあ、
さっき、山盛りよそってやったに」

 「今までで一番美味い餅だ。
きっと生涯忘れられん。汁も進む」

 微かに声の震えがあった。
しかし瞳は澄んで笑んでいた。

 「ほれ、またも山盛りじゃ。
肉をいっぱい入れてやったぞ。
井戸端は冷えただろうからな」

 「危うく凍るとこじゃった」

 勝九郎と談笑する竹丸に仙千代は安堵した。

 そうだ、竹、共に前に進もう、
栄華を極める殿でさえ、
大切な御一族、御家臣を多く失い、
その度にどれほど辛い思いをされてきたのか……
想い人の一人や二人、
何でもないことだ、何でもない……

 囲炉裏の揺らめく炎に、
信忠の姿がふわっと浮かんだ。
 仙千代は幻を振り払い、竹丸に倣って(ならって)

 「儂もお代わり!」

 と勝九郎に椀を出した。

 勝九郎は信長の乳兄弟である池田恒興の嫡男ながら、
それを鼻に掛けることの無い、
平らかな人柄だった。

 「あいよ!
儂の秘伝の粉を入れてある故、
美味さ格別じゃのう」

 仙千代と竹丸は見合わせた。
すると勝九郎が腋の下を掻く素振りをして、

 「ここから粉をパラパラと」

 と笑った。

 「酷いぞ、(かつ)!」

 「勝の謎の粉が仕上げとは!」

 「もっと入れてやろうか!」

 三人で大いに笑って、大いに食べ、
やがて囲炉裏端で眠りに就いた。

 夜中、少し冷えて薄目を開けると、
消えかけた囲炉裏の火に竹丸が炭を足していた。

 竹、すまんな、ありがとう……

 勝九郎の寝息を子守歌に、
仙千代はふたたび眠った。







 

 


 

 

 

 

 

 



 

 


 

 

 

 

 
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