第92話 秀政への問い(2)

文字数 1,100文字

 「二人共、ずいぶん大きゅうなって。
今、幾つになった?」

 「私は数えの十六、仙千代が十五でございます」

 「きゅう様は、ちょっと我らを見ぬ間が続くと、
毎度のように仰いますね、大きゅうなったと」

 秀政が破顔した。

 「しかし、それが実感なのだ。
竹も仙も、城へ来た時は十三だったか、
如何にも童然として、尻が青々していそうだった」

 「流石にそれはありませぬ」

 「きゅう様、お口が過ぎます」

 「それほど可愛らしかったということだ」

 「またお上手な」

 「羽柴様に鍛えられておいでですね」

 「確かに!羽柴様は殿の御機嫌を上げる術を心得ておられる」

 秀政の秀という字は、秀政の前の主君、
秀吉から偏諱を受けたものだった。

 ひとしきり笑い合った後、ふと秀政が表情を変えた。

 「此度の軍勢、いかにも、いかにも……」

 感慨深い調子の秀政の意を竹丸が汲んだ。

 「はい。殿の気迫と決意が並々ならぬものだと伝わります」

 仙千代も続けた。

 「安宅船(あたけぶね)の船団も用意が成ったと聞き及びます」

 安宅船とは砲台を備えた軍船で、
海賊大名の異名を持つ九鬼嘉隆が今回は信長に呼応して、
長島攻めに加わることになり、九鬼水軍の安宅船を先頭に、
各地から集められた兵を乗せた大船団が、
明後日には長島へ現れることになっていた。

 「長島を囲む湾も河川も軍船で埋め尽くされて、
過去に見たことのない眺めを目にすることになる。
末代までの語り草と思い、瞼に焼き付ける所存だ」

 遠くに兵達が野営する煮炊きの煙が上がり、
空耳か、武具甲冑が擦れ合う音すらも聴こえるような気がする。
庭園では蛍が舞い、螻蛄(おけら)が鳴いて長閑なものだが、
明日の朝にはこの地を離れ、陸軍は三つに別れ、
それぞれが一向一揆殲滅の為、戦うことになる。

 「竹も仙も儂と同じく、殿の隊。
儂はともかく、
殿に侍る御小姓衆が最前線に出ることはまず無いが、
奴らは斬っても斬っても湧いて出てくる熱狂の民。
けして侮ってはならぬ。女子供も隙あらば立ち向かい、
間隙をつき、刃を向ける。努々(ゆめゆめ)軽んじてはならぬぞ」

 「はい!」

 明快な返事をした竹丸に比べ、仙千代はわだかまりがあった。

 「何だ、仙千代、出陣前から厭戦気分か。感心せぬぞ」

 「いえ、万が一にはいつでも一命を殿にお捧げする覚悟。
それは間違いございません!」

 「では何だ。何やら割り切れぬ顔をして」

 「はい。きゅう様なればこそ、お尋ね致します」

 「何なりと。どうぞ」

 仙千代の問い掛けをやはり小姓出身の秀政は、
にこやかに受け容れる。
秀政は仙千代、彦七郎、彦八郎が岐阜へやって来た初日、
館に泊め、歓待し、小姓の心得を話してくれた。
それ以降も何かと目をかけてくれる心強い先達だった。
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