第276話 那古野城(4)

文字数 671文字

 「まったく、気の毒なほどだ、
公卿のように育ってしまったのか。
何であろうな。
平手の爺のような傳役(もり)が、
付け家老で居ったであろうに、
そこは儂と同じで聞く耳を持たなかったのか」

 強い興味を抱いている証に、
仙千代が尚も身をすり寄せてきた。

 「父上は滞在していた部屋の窓を四角く切り取らせ、
今度は仮病を使い、辞世の句を託す為と称し、
家臣を城中に呼ぶことを認めさせ、
その夜、窓から織田の兵達を城内に引き込んだ」

 「窓から風ではなく、兵を」

 仙千代の驚く表情が面白かった。

 「そうだ。
城下のあちらこちらで騒擾(そうじょう)が起こった。
もちろん、父上の作戦だった。
城内にも火の手が上がり、
氏豊は手勢に守られながら城外に出た。
日が昇り、気付けば、城の主が代わっておった。
居場所を失った氏豊は女縁者を頼り、
直ちに京へ逃げた。
駿河へ向かっても、
当面、義元の怒りは解けぬであろうからな」

 「それから二十年以上の時を経て、
義元公が由縁深い城と領地を回復せんと、
尾張に攻め寄せた……」

 「儂は左様に考えておる」

 「城の奪われ様が、まさに御家(おいえ)の赤っ恥だと、
積年、鬱憤を溜めていた義元公が満を持し、
尾張への浸潤を始めた。
桶狭間の大勝利は、
大殿の御遺産ということなのですね」

 「大泥棒の息子への贈り物だ。
ひとつ間違えば、
儂の首が駿河で晒されたであろうがな」

 柳ノ丸を盗もうが、
当時の織田弾正忠家の主家筋、本家筋に、
損失を与えていないのだから、
信秀の行為はそのまま黙認されて、
柳ノ丸はあっさり那古野城となり、
信秀は勝幡城から住まいを移し、
次は新たに古渡城(ふるわたりじょう)を築くと、
信長に那古野城を譲った。
 




 
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