第104話 一揆軍 本城(1)

文字数 1,132文字

 長島城は、
長良、揖斐、木曽という大河が集まる河口にあった。
巨大な中洲の上に建っている特異な立地の平城で、
本丸の北は木曽川が天然の要害となって機能し、
二の丸や三の丸、大手門もすべて川が水路となって、
他からの侵入を許さない造りになっている。

 長島上陸戦の朝、
重苦しい曇天の下、信忠軍は西へ進んだ。

 暁らしい暁は無いながら、やがて視界が明るくなって、
到着した木曽川堤から、
長島城の南に伊勢湾の白い波頭が望まれた。

 木曽川側から長島へ隊列は向かう。
一江、五明と攻略を終えた信忠軍の次の標的は篠原(しのばせ)城で、
この城の攻略は信長本隊、柴田隊、
九鬼水軍、滝川水軍との合同作戦になっていた。
 まず今、信忠は、長島の中洲へ上がり、
長島城の動きを止める任を負っている。

 河原とも川とも区別のつかない足元は、
芦や葦が人の背より高く生い茂り、
ほとんどが泥濘(ぬかるみ)や水たまりで、
泥地かと思いきや、どうかすると所々、深い場所もある。

 一揆軍は、
長島周辺の河の渡し場、或いは堤の上に布陣して、
信忠軍を迎え撃った。
 しかし、陸だけでなく、
海、河からの織田軍の猛攻に耐えきれず、
徐々に劣勢となり、周りの支城や長島城に逃げ込んだ。

 長島各所に放っておいた母衣(ほろ)衆の、

 「中州に敵の姿は見えません!」

 「一揆軍は城に立てこもっている模様!」

 という報せに、信忠は、

 「足場の悪い場所は船を接近させ、上陸隊を援護せよ!
上陸隊の先鋒は城壁を大鉄砲で撃て!」

 と命じた。
 雨はまだ落ちてこない。
相手も鉄砲で押し戻そうとしてくるに違いなかった。
 ただ、こちらが備えた大鉄砲は、可動式の巨砲(おおづつ)で、
一揆軍は所有していないばかりか、
見たこともない代物のはずで、
今回の戦闘に先立って信長が造らせたものだった。
通常の鉄砲の何十本分もの大きさ、威力を誇り、
四人、五人がかりでないと運びもできない。

 信忠は船上から指揮を執り、
先鋒隊の人馬が中州に足をかけた瞬間、城に目を遣って、

 ここで来る!……

 と思った。

 案の定、日根野弘就(ひねのひろなり)率いる一揆軍は、
鉄砲、弓、石を雨あられと降らせてきた。
 こちらも応戦し、信忠が命じていたとおり、
後方援護の船から弓が次々と城兵に向かい放たれる。
 弓は放物線を描き、敵兵、城郭内へ辿り着く。
鉄砲も加勢する。
弾は直線でしか飛ばないが、
激しい黒煙と爆音が味方の兵を援護する。
 
 織田軍と一揆軍、互いに命のやりとりをして、
一人でも多く殺した方が勝つ。
 絶対的権力が空白化し、
常に国境が流動化している戦国の世に於いて、
単純化して言うのなら、
勝利とは、敵より一人でも多くを殺し、領土を切り取り、
我が物にするというこれに尽きた。
 
 一人でも多くの敵を殺し、
自軍の死傷者を一人でも少なく終える、
信忠の頭にはそれしか無かった。




 
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