第33話 大根談義(1)

文字数 1,450文字

 信長が仙千代を、

 「大根臭い」と笑ったのは実は揶揄った(からかった)までで、
別に大根臭はしていなかった。
 そうとでも言えば、
さっさと音を上げて詫びを入れてくるかと思ったら、
仙千代はそうしなかった。
 信重が言うには、清三郎は仙千代共々、
赦してほしいと願い出てきたらしいが、
信重は、

 「万見は万見。清三郎の嘆願はあくまで清三郎の嘆願だ」

 と答え、清三郎の咎だけ解いたのだという。

 信重が彦七郎達から聞いていた話では、
小さな頃から仙千代は非常に頑固だということで、
今回、信長も、それを目の当たりにし、

 その頑固さを上手く使ってくれれば良いが……

 と、親のような気持ちで仙千代を見た。

 とはいっても、仙千代に父性だけで接していたわけではなく、
臣下であり、寵愛の対象でもあって、
陽の高いうちは小姓の務めを幅広く経験させ、
陽が沈めば沈んだで、閨房に召し寄せ、これも経験を積ませた。

 日中は一貫して熱心に働く仙千代が、
夜は日によって、時によって、
極めて積極的なことがあるかと思えば、
およそ気のない様子のこともあり、
仙千代の中に何人の仙千代が居るのかと惑わせられるものがあって、
信長はそんな仙千代を許し、むしろ、楽しんでいた。

 先だっても、信長が褥で膝に乗せると、

 「大根臭いのに宜しいのですか?」

 と遠慮して訊いてくるので、

 「では、今宵はやめておくか」

 と仙千代を下ろすと、小さな声で、

 「殿のお胸が温かい。仙千代の居場所はここでございます」

 などと可愛いことを言うので、一瞬で猛ってしまい、
今夜こそ官能の極致を味わせてやろうかと前のめりになった瞬間、

 「やはり大根臭で迷惑をおかけしたくございません」

 と身を離したりする。

 「どちらなのだ。居るのか?部屋へ戻るのか?」

 と少し不貞腐れ気味に言ってみると、

 「殿に臭いをお移しするわけにはまいりませぬ」

 と返す。

 「あれは冗談じゃ。面白がって少々戯れで言ったまで」

 「いえ、自分で自分が臭う(くそう)ございます」

 「左様なことはない」

 「いえ、臭います、湯あみをしても消えませぬ」

 大根責めを解いてほしいのだと、ここで気付いた。
いかにも幼稚な作戦なのだが、今の仙千代が持てる、
精いっぱいの知恵と武器を働かせてのことなのだと思うと、
愛しさが募ってしまい、

 「気にならぬ。仙千代ならば気にならぬ」

 という言葉も途切れ途切れに口を吸うと、

 「ううん、うーん、んん」

 と喘ぎ声を発し、

 「同じ大きな根なら殿の根の方が……
なれど、迷惑はかけられませぬうー、ああ、仙千代は臭い、
嫌じゃ嫌じゃ、我ながら嫌でたまりませぬー」

 と、またしても腰砕け気味にさせられてしまう、
可笑しなことを芝居がかって口にする。
 信長も負けじと言い返してやる。

 「そうか、儂の大根(おおね)が好きか?」

 「はい」

 ここは算術の教室かというような威勢の良い返事が返る。

 「どのような味なのだ?何処が好きか」

 艶妖な答えを期待した。

 「古強者(ふるつわもの)の味にて、似ても焼いても食えませぬ。
食せば身も心も痺れ、それが癖になりまする」

 信長は爆笑し、仙千代もそんな信長を受け止めている。

 「可笑しな奴。仙千代こそ、褥の強者じゃ」

 実際は未だ、後孔も指を一本しか入れていない。
仙千代はそれで十分に悦びを表し、信長を満足させてもいて、
身をひとつに溶け合わす楽しみは今後に残してあるままだった。
都合があって儀式的に褥に上げる小姓が相手の時には、
そこまで手をかけないが、仙千代は有為の家臣でありつつ、
我が子のような、また迎えたばかりの(つま)のようなものだった。





 
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