第308話 爛漫の岐阜城(5)

文字数 762文字

 目覚めると、
堀秀政が仙千代の足元に座していた。

 「何やら愉快な夢を見ておったようだな」

 「御無礼仕りました!」

 仙千代は眠気眼もそこそこに、
咄嗟に下座へ回ると、頭を下げた。

 「仙の邸に勝手に入ったのは儂だ。
謝ることはない」

 「恐れ入ります」

 「笑っておったぞ、眠ったままで」

 「奇妙な夢で、上様が和尚を務める寺で、
私と彦七郎、彦八郎が小坊主をしておるのです」

 「上様の袈裟姿は如何であった」

 「ええ、まあ……」

 仙千代が答えずにいると、秀政が笑った。

 「上様は齢を取られても、
入道などにはなられぬ御方だ。
しかし仙の夢の中では……」

 二人で笑いながら、
ふと仙千代は秀政が寺育ちであることを思い出し、

 「如何なる理由で(きゅう)様は還俗されたのですか」

 と訊いた。

 「儂の父の城であった上茜部城(かみあかなべじょう)は、
御多分に漏れず、辺り一帯、一向宗の力が強く、
父の苦労は絶えなかった。
そこで一向宗を懐柔する為、
従兄(いとこ)と共に儂も伯父が住職を務める本願寺の寺へ入れられた。
だが、上様が岐阜に入城されると美濃の一向宗は力を弱めた。
お陰で儂も従兄も寺を出ることが叶い、
二人で大津伝十郎長昌様に仕えた。
大津様の御正室が丹羽様の御妹様であった縁から、
丹羽様の口利きで、家来が足りぬという、
羽柴姓を名乗る前の木下藤吉郎様に移り、
やがて上様の目に留まり、今に至るというわけだ」

 秀政が堀家の嫡男でありながら寺へ預けられた事情を、
仙千代は初めて知った。
そして、信長の第一の寵臣である丹羽長秀の妹を妻とし、
交渉事に特段の有能さを見せる大津長昌に仕えることを出発点に、
数々の武功をあげて今や城主となった羽柴秀吉を経て、
信長の若手側近として右に出る者はない存在に秀政自身が
十年を経ずして成ったのだから、
秀政には実力と運の両方が備わっているのだと、
今一度、仙千代は眩しく眺めた。




 
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