第246話 竹の花(7)

文字数 1,406文字

 竹丸は好いた女子(おなご)は居ないと以前、
言っていたが、今回はそれなのかと仙千代は思い、
つい興味が湧いて、

 「竹、竹、教えろ。
何処で出会ったどのような女子なのだ?」

 「左様なものではない」

 仙千代が稲穂にも似た草の先で竹丸の頬を撫でた。

 「こら、返せ!」

 「これが何であるのか、
どのように手に入れたのか教えれば返す」

 「品が無いぞ、野次馬は」

 「儂は馬ではない」

 「屁理屈を垂れるな!」

 仙千代は、

 「分かった」

 と急に態度を変えて稲穂をすっと手渡した。

 一度溜息をついた竹丸は、
その草のようなものを取り戻すと、

 「数泊した垂井(たるい)の国司の家の娘が、
昨年咲いた竹の花を持っていたのだ」

 「竹の花?」

 「うむ。これがその花なのだ。
秋に咲いたもの故、乾いておるがな」

 竹の花は、
五十年とも百年とも言われる周期で咲く珍しい花で、
幼い頃、養父(ちち)から聞いた話によれば、
開花した後、竹林が枯れてしまうことから、
凶兆の印だと言われているらしかった。

 「左様な花。縁起でもない。何故、竹丸に?」

 「宿泊の為、その屋敷へ着いた時、
枯れた竹林を、
屋敷地の奥に見付けた御奉行のどなたかが不思議に思われ、
尋ねたところ、
花が咲けば竹林は生命を終えるのだという国司殿の説明で、
珍奇なものを見たと皆で感じ入っておったら、
娘が面白がって乾燥させた花を持っております故、
何ならお見せしましましょうという話になって、
これがその花なのだ」

 「ふうむ」

 「酒が入らねば、
まあ、朴念仁と申し上げても差し支えない
真面目一方の坂井様が、
仙千代と同じことを申されてな。
凶兆の印だと言う左様なものを、
何ゆえ、娘御は持っておられるのかと」

 「当然だ」

 「枯れるからこそ、
新たな命が芽生えるのだと……その娘が。
次は五十年後か百年後かと思うと愛しいような気がして、
幾本かの花を茎ごと干して持っていたのだと」

 「そのうちの一枝を竹丸に?」

 「うむ。竹は稲と同じ仲間だという話で、
言われてみれば水稲(すいとう)の穂とそっくりだ。
我が国は瑞穂(みずほ)の国。
左様に思えば竹の花も味わい深い」

 竹丸は大切そうに紙へ包み直すと、
そっと文机の上に乗せた。

 「なるほど……なるほど」

 仙千代が言うと、竹丸は、

 「何だ、その嫌味たらしい言い方」

 「娘御は美しい女人であったのか?」

 「知らん、思い出せぬ」

 「そうなのか?」

 「うるさい。鬱陶しい奴だ」

 「殿の御妹様達のような美しさであったのか?」

 竹丸は仙千代に表情を見られまいとするのか、
背を向けて、行李の中を整理し始めた。

 仙千代は異性を好きになった経験が未だ無い。
親しい竹丸にそのような出逢いがあったとなれば、
自分のことでもないのに何やら興奮して、
竹丸の前に回り込み、尚も尋ねた。

 「後光が射しておったのか?やはり。
よく(いかづち)にうたれたようなと言うが、
左様な感覚なのか?」

 「しつこいぞ、やかましい」

 竹丸はあくまで手を休めない。

 「観世音菩薩のような方なのか。
または野花(のばな)のように愛くるしい娘御なのか……
ふうむ……」

 先ほどまで竹丸が座っていた床几(しょうぎ)に掛け、
城中の美貌でならす幾人かの女人を連想し、
独り言ちた(ひとりごちた)
どの顔も素朴な竹の花は似合いそうになかった。

 何も答えないので、

 「桶は片付けておく。今宵はゆっくり休め。
明日は明日で、
此度の普請の実記を仕上げねばならぬのであろう?」

 と湯桶を持った仙千代が立つと、

 「笑窪(えくぼ)があった」

 と、竹丸が告げた。

 
 




 

 

 

 

 

 

 





 
 







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