第178話 河内長島平定戦 北へ

文字数 1,127文字

 越前で一向一揆と戦う羽柴秀吉、
畿内で三好三人衆の残党を抑え込んでいる明智光秀、
その二人以外、大将全員打ち揃い、
海賊大名と呼ばれる九鬼嘉隆も加えた織田軍総出の大戦(おおいくさ)は、
屋長島、中江の両城に立て籠る一揆勢、
およそ二万を城ごと焼き尽くす殲滅戦をもって、
三月(みつき)の長きにわたる戦いを終えた。

 南の伊勢湾を後に、馬上の信忠は北へ歩を進めた。
眼差しは岐阜の山並みを捉え(とらえ)つつ、
心は未だ、伊勢に向いていた。

 今日だけで、ほぼ三万という一向門徒が命を奪われた。
奪ったのは紛れもなく、父 信長と、自分だった。

 この国の歴史上、
これほどの軍勢が集まっての戦は過去、無かった。
同時、ひとつの宗教が治外法権に君臨し、
時の権力に敵対し、十万という民衆を盾にしたことも、
無いことだった。
何よりも、あれほどの人々が、
一軍により一挙に滅殺させられた事実も、かつて無かった。

 父上は後世、どのように言われるのか……
そして儂はその父の子にして後継者……

 奪った命に対する悲しみが皆無であるかといえば、
そうではない。
 しかし、やらねばやられる。
やられたならば、終いには、
一揆勢と同じ憂き目に遭うことは火を見るよりも明らかだった。

 天下布武をもってして世を平らかにする。
戦のない世を創る。

 信忠はそのように解していた。
 ただ、多くの親族、忠臣を亡くし、
「戦のない世」が今は果てなく遠くに思われた。

 初の大将戦で、しかも「勝利」を収め、
このような感傷に浸る自分は甘いのか。
 それにしても、自軍のみを見てさえしても、
失うものが多過ぎた。

 織田家の連枝衆では、
織田信次、織田信直、織田信広、織田信成、
織田信昌、織田秀成といった極めて近しい縁者達が討死し、
とりわけ信次、信直、信広、秀成は、
奇襲をかけてきた捨て身の一揆勢から信忠を護ろうとし、
結果、陣形を崩し、
大将自ら戦って、命を落とした。

 特に半左衛門こと秀成は、
叔父とはいえ、二十九才と若く、
信忠は秀成を兄のように慕っていた。
 信忠は、
新陰流、新当流という二つの流派の刀術を習得中の身だが、
半左衛門は新陰流の名手で、
二人はしょちゅう手合わせをして、親しく交わり、
この長島でも秀成は信忠の共衆として行動を一にしていた。

 秀成は、
狂信鬼の放つ銃弾に貫かれ、亡くなった。
死に顔は見ていない。
思い出にある秀成は、杖術(じょうじゅつ)で稽古を付けてくれた時、
鮮やかな一手で信忠を倒し、
蒼空を背に真っ白な歯を見せ笑った顏、
鷹狩りで信忠よりも仕留めた獲物が少なく、

 「次は負けぬ、
次は必ず勝って若殿に美味い鶴汁を馳走致す」

 と、本気半ばで大袈裟に鼻息を荒くしていた姿など、
闊達で爽やかな武者姿ばかりだった。

 叔父上……思う存分、戦うことも叶わず、
さぞ、口惜しい思いを抱かれたまま……




 
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