第199話 清からの「宿題」(3)

文字数 1,049文字

 竹丸も連られて泣いていたのか、
眼が微かに赤かったが、今は笑っていた。

 「行儀が悪いな、今一度、詫びる」

 大きな音をたてて鼻をかんだことを謝ると、
やけに竹丸が見るので仙千代は不思議そうにした。

 「曲者だと仰せになっておられたぞ、その涙」

 と、竹丸が冷やかすように仙千代の鼻先を突いた。

 「涙?曲者?」

 訝しんだ(いぶかしんだ)後、仙千代ははっとした。

 「……殿が?」

 「むろん、殿だ」

 「曲者……何ゆえ、左様な仰り様をされるのか。
何じゃ、さっぱり分からん」

 仙千代は意外なことを言われたようで、
意地になり、またもや鼻をかんだ。

 竹丸は可笑しがっている。

 「儂はそもそも、泣き上戸などではないのだ。
泣き虫扱いは心外じゃ。
鯏浦(うぐいうら)に居る時は滅多に泣いたことがない。
幼い頃、足の裏に釘が刺さった時も辛抱して泣かず、
医者に褒められたのだ」

 と威張ってみせはしたものの、
岐阜へ来てからは確かに何かというと泣き、
その時、一人のことも多いは多いが、
特に信長の前で涙を見せていたような気がしないでもない。

 殿が左様なことを仰せになっておられたのか……
ああ、もう泣かぬ、絶対に泣かぬ、
竹にまで言われてしまい、恥ずかしゅうてならん……

 それにしても信長も、
竹丸にまでそのようなことを言うとは、
少々軽はずみではないかと仙千代は思い、
ちょっと機嫌を悪くした。

 「何だ、今度は拗ねたような顔をして」

 「殿の御人の悪さに腹が立った。
何も竹に言わぬでも。
意味が分からんな、
左様なことを仰せになるとは」

 唇を尖らせている仙千代を竹丸は笑うばかりだった。

 「つい、漏らされたのであろう、
何とも他では見られぬ表情であられた」

 何やら、全身がもぞもぞしてしまう。
仙千代は真顔で言った。

 「儂の居らんところで儂のことを言うな。
気分が悪い。
しかもその仰り様は、
手練手管で泣き真似をするかのようではないか」

 「違うのか?」

 「違う!時に激情に駆られ、
泣き顔を見せたことが数回有るか無いかだ。
うむ、たった、一、二度だ。それを曲者などと」

 実際は、もっとあったかもしれないが、
いや、確かにあったが、何やら恥ずかしく、
一、二度ということにしておいた。

 「仙千代の涙には絆される(ほだされる)と仰せであった」

 「妙な世迷言(よまいごと)ことを漏らす殿は嫌いじゃ」

 仙千代は恥ずかしく、顏を赤らめながら、

 「竹も嫌いじゃ、あっちへ行け!」

 と、鼻をかんだ懐紙を投げた。

 上手く避けた竹丸が、

 「あっちへ行くのは構わんが、
朗報を聞けなくなるぞ。良いのか?」

 と、言った。

 「朗報?」

 「うむ、朗報だ」



 
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