第149話 小木江城 一揆の兄弟(2)

文字数 811文字

 「その場に居合わせたのか。長谷川は。
御苦労であったな……」

 君主が意気揚々と気分良く語る話を中断させるなど、
家臣の誰にも出来はしない。
竹丸が如何に賢く気が利こうと、
仙千代の復讐を遂げたつもりでいる信長を止めることは、
不可能だった。
 また、竹丸とて、
けして心地よい話ではなかったはずで、
そのような類いの話を、
療養の身の仙千代が聞いていると思えば、
辛さもいっそう増したに違いなかった。

 「いえ、左様なことは。
総大将様が為さったことは当然の報いにて、
敵方が水脈を汚さんと賊を送り込むなど、
とうてい許すことは出来ぬ悪行……」

 無論、それはそうなのだった。
水に不自由すれば、
このような長期戦の遂行は困難を極める。
 また、竹丸の立場で信長を非難することは、
金輪際、あってはならない。

 ただ、信忠と竹丸が、
仙千代の容態を憂いていることは共通していた。

 「どのような様子で聞いておった……万見は……」

 「青ざめ、やがて、顔を白くしておりました」

 「それ以降、食欲が減じたということか」

 竹丸の無言が、信忠の言葉を肯定していた。

 仙千代はけして脆弱な質ではない。
それが証拠に今回も独りで二人と対峙し、戦った。
 ただ、人の心理は常に一定ではなく、
体調や状況で左右はされる。

 信忠は内心舌打ちした。

 何もそこまで仙千代に語らずとも……

 信長のある意味、無神経な振舞に、
呆れを通り越し苛立ちを覚えた。

 信長に悪気など微塵もない。
だからこそ、唖然とさせられる。
寵童を愛おしむ余りの言動であったと信忠には分かる。
しかし仙千代にしてみれば、知るには時期が悪過ぎた。

 「長谷川」

 「はっ!」

 「万見をよく看てやってくれ……」

 「ははっ!」

 「儂には何もできぬ」

 目と目が合った。
竹丸は顎を引いて小さく頷き、
信忠は一つ大きく溜息を吐くと表情を切り替え、

 「馬廻り達を待たせ過ぎた」

 と言い、竹丸より先、歩みを進めた。
竹丸と三郎は、後に従った。



 

 




 

 

 


 
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